第168話「成し得なかった事②」
リョースアールヴの長ヴェルネリ・アスピヴァーラの前にさらされた、ひとつの銀製指輪、そして一枚の古ぼけた紙片……
ヴェルネリは驚愕した。
身体の震えが止まらない。
当然ながら、彼はこれが何たるものかを知っている。
そう!
ほぼおなじものが……イエーラにもある!
単なる国宝以上、古代の王が受け継ぐ王冠に匹敵する存在だと。
だが、まさか!
初対面の人間が、このような品を提示して来るとは!?
「な、な、なっ!? そ、そ、そ、それはぁ!」
普段の沈着冷静さはどこへやら……
思わず絶句するヴェルネリに対し、ダンは対照的に淡々と、提示した品の正体を明かした。
「あなた達リョースアールヴ、人間の国アイディール、そしてデックアールヴの3者で交わされた友情の証だ」
「…………」
「この世界における永遠の平和を願う、約束の証でもある」
「…………」
ダンがはっきり告げても、ヴェルネリは唇を噛み締め、ただ沈黙していた。
この沈黙は……肯定の証といえるだろう。
「3者は未来永劫の平和を願い、友情を交わし協力を誓い合った。そしてこの誓約書には4代目のソウェル、テオドルが謝罪を述べた言葉もはっきり記されている」
「…………」
「同じものが、あとふたつある。まあ……指輪の材質だけは違うらしいが……」
「…………」
「ソウェル殿、貴方は認識しているのだろう? ここイエーラのどこかにプラチナ製の指輪と同じ内容の書面が……厳重に保管されている事を」
「…………」
「俺は貴方に協力の了解を貰ったら、アイディールへ赴き、国王の弟フィリップ様に会う。同じように協力を仰ぐつもりだ。不幸な者達を救う新たな国を創る為に」
ヴェルネリは、ずっと無言であったが……
ゆっくりと首を振ると、大きくため息をついた。
「勇者、お前の話はそれだけか?」
「ああ、どうしてだ?」
「どうもこうもない! お前がこれから為そうとしている使命が……どれだけ大変なものなのか、本当に分かっているのか?」
まるで咎めるような、ヴェルネリの問いかけ。
対して、ダンは想定外の答えを返す。
「いや、分かっていないかもな」
「な、な、何ぃ? 分かっていないだと!」
ヴェルネリは、飽きれたようにダンを見つめた。
まるで掴みどころがない、底が知れない奴……
という驚き且つ呆れた眼差しだ。
そんなヴェルネリを尻目に、ダンは言う。
「ソウェル殿……貴方が俺に何を理解させたいか、言わせたいのか、こちらから告げよう」
「むう……」
ダンの投げかけた言葉に圧倒されたかのように、ヴェルネリは唸った。
そんなヴェルネリを正面から見据え、ダンは話し始める。
「貴方は……俺にこう言いたい。長き歴史の中で不幸なデックアールヴ達を救えず、且つリョースアールヴが贖罪を成し得なかったのは、はっきりとした理由があると」
「そ、そうだ!」
「その理由とは、言うは易く行うは難しという事だ」
「うぬ……」
「その事実をちゃんと理解せず、お前は安易に大言壮語を吐く。理想に走り、儚い夢を見過ぎている、そう……言いたいのだろう? 厳し過ぎる現実をしっかりと分からせたいのだろう?」
「その……通りだ」
「俺には、ソウェル殿。貴方の考え方も置かれた立場も分かる」
「な、何!?」
「貴方は怖ろしい真実、厳しい現実を理解すると同時に、自分にとって最も大切な同族、リョースアールヴの名誉を何としても守りたかった」
「ぬう…………」
「何の罪も無いデックアールヴ達を陥れた、卑怯で性根の腐った愚かな種族だと、貶められたくなかった……真実を知った同胞達が、誇りを穢され、絶望に陥るのも避けたかった」
「…………」
「貴方の曾祖父、祖父、そして父が考えに考え、貴方自身も考え抜いたが……」
「…………」
「隠された恐るべき真実を……同胞のリョースアールヴ達に知られず、または悪影響を与えず、問題なく解決する方法……デックアールヴ達を救う手立ては、残念ながら見つからなかった」
「…………」
ヴェルネリはまたも押し黙った。
一方、ダンは構わず話を続ける。
「アールヴが……直接、北の神に仕えた種族だからこそ、貴方は知っている。神々の頂点に立つ創世神の持つ力の絶大さを……そしてこの世界全体に及んだ、底知れぬ信仰の深さもな」
「…………」
「……デックアールヴは呪われた忌み嫌われる種族……創世神が与えた間違った常識……」
「…………」
「教義として長年に亘り染みついた誤った迷信を覆す事が、極めて困難だと貴方は諦めた。結果、同胞には絶対に知らせず、地下都市に住まうデックアールヴ達へそこそこの援助をし、お茶を濁して来た」
「…………」
「俺はヴィリヤから聞いている。ソウェル殿……貴方は自分の身体をいとわず、日夜身を粉にして働いている事を……」
「…………」
「真実を知って以来……貴方の衝撃と心労は相当なものだっただろう……だがこれまでの貴方の働きこそが、リョースアールヴ族としての贖罪だと……俺は思う」
「…………」
「この世界の安泰は……貴方も含め、歴代ソウェルの努力の賜物だろうから……」
「…………」
「誰もが知っている……リョースアールヴの国イエーラと人間の王国アイディールは、長きに亘り固い友情で結ばれ、建国以来争ったりはしていない。その影響もあってこの世界は平和が保たれている」
「…………」
「その結果、世界に魔物の害はあっても、種族間の戦争は殆どない……」
「…………」
「分かるさ! 俺だって、もしも貴方の立場だったら……全く同じ事をしたかもしれない……多分、3代目以降のソウェルは、ずっと同じ想いを持っていたのだろう」
「…………」
「犯した罪を償おうとする良心と、一族を愛し守る気持ちにはさまれる苦しいジレンマに耐えて来たのだろう」
「…………」
無言のまま、ダンを睨むヴェルネリの眼差しが……
だんだんと変わって行く。
虚しく過ぎ去った遠き過去を振り返るように……
ヴェルネリの心からは……
深い哀しみと後悔の波動が静かに放たれていたのであった。
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