第167話「成し得なかった事①」
巷で知られるエルフと呼ばれる者達……
正式には『リョースアールヴ』と呼ばれる一族の国は大陸の北方にある。
リョースアールヴの祖先は森に棲む妖精であり、北の神々に仕えていた。
元々リョースアールヴはいくつかの部族に分かれていた。
しかし、ある者がリョースアールヴをまとめあげ、ひとつの大きな国を創った。
それが現在イエーラと呼ばれる彼等の国の始まりである。
そのイエーラの都フェフ中央には、一族の長ソウェルの屋敷があった。
王宮と見まごうばかりの規模を誇り、現在は6代目のソウェル、ヴィリヤの祖父ヴェルネリ・アスピヴァーラが主である。
再び人間に擬態したエリンを伴い、ヴィリヤ、ゲルダに連れられる形で、ダンはヴェルネリに会おうとしていた。
警戒厳重な屋敷だが、ヴェルネリの孫娘ヴィリヤは別である。
見知った警護の魔法剣士達は、笑顔で通してくれた。
副官のゲルダも居たから、尚更である。
ヴェルネリは在宅していた。
というか、事前にヴィリヤから『勇者』を連れて戻ると連絡をしていた為、
ヴェルネリが多忙の中、わざわざスケジュールを調整したのである。
ソウェル専用の応接室に通され、ダン達4人は暫し待った。
やがて……
ヴィリヤより背丈が若干大きい、法衣をまとったヴェルネリの瘦躯が応接室に現れた。
まっさきに挨拶をしたのは孫娘のヴィリヤである。
「お祖父様、ただいま戻りました」
愛する孫娘のはきはきとした挨拶。
輝くような笑顔。
対して、ヴェルネリも嬉しそうに顔をほころばせる。
「おお、ヴィリヤ、元気そうだな?」
「はい! 私はとても元気にしております。王宮魔法使いとして赴任したアイディール王国では、様々な事を学び、大きく成長する事が出来ましたから」
「うむ! お前の発する魔力波で著しく成長した事が分かる」
「はい! ありがとうございます」
「うむ、アイディールへ旅立つ前のお前はまだまだ子供で青かった。しかし今は立派な大人になった。穏やかで、物腰も落ち着き払っている」
「はい! 自身の努力もありますが、ほとんどがここに居る勇者ダンの尽力です。ダンの妻エリン、我が副官のゲルダにも支えられながら、私はいくつかの難事を成し遂げる事が出来ました」
ヴィリヤがここまで話をすると、ダンが軽く一礼し、挨拶する。
「初めまして、ソウェル殿、ダン・シリウスだ。俺は勇者ではないが、ヴィリヤの役には立ったはずだ」
「ほう! 私の孫ヴィリヤを呼び捨てにするのか? その物言い、良い度胸だ」
「俺の言い方で気を悪くしたら、申しわけない。だが……俺自身、望んでこの世界に来たのではなかったからな」
「成る程……なかった、という過去形で言うのなら、勇者とやら、お前はもう自身の運命を受け入れたという事だな?」
「まあな。俺は大きな使命を受け、この異世界へ呼ばれた。今となってはそう自覚している」
「ふむ! その覚悟、結構。但し言葉遣いは改めよ。今後も創世神様に対し忠実に仕え、降りかかる災厄を退け、この世界の役に立つが良い」
ヴェルネリは、ダンの言葉を至極常識的な考えとして受け止めたらしい。
しかし、ダンは敢えて訂正しなかった。
この後の、話の展開を見極めてからという判断らしい。
ヴェルネリはダンに対して、もう興味を失ったらしい。
彼にとって、愛する孫娘ヴィリヤの『往く末』の方がずっと気になるのだ。
「さて、ヴィリヤ」
「はい!」
「私には分かる。だいぶ生意気で態度がなっていないが……この勇者は言うだけの事はある。口だけではなく結構な実力を持っている。創世神様の使徒としては申し分ないだろう」
「はい! お祖父様の仰る通りです」
「ふむ、今迄の報告を聞けば、お前はソウェルになるべき『実績』を充分積んだらしい」
「はい! そう認識しております」
「ならば、もう頃合いだ。イエーラへ戻って来るが良い。私の跡を継ぐ準備をせねばならん。イェレミアスとの結婚話も進めよう、彼ならば我がアスピヴァーラ家の良い婿となる筈だ」
祖父からの帰国要請であったが……
ヴィリヤは即座に首を横に振った。
爽やかな笑顔で。
「いいえ、お祖父様」
「む? いいえだと?」
「私は新たな使命を授かりました。その使命を果たさなくてはなりません」
「何? ヴィリヤ、お前が新たな使命を果たすだと?」
「はい、ですからイエーラには戻りませんし……ソウェルにもなりません」
最愛の孫娘から出た、想定外の話……
さすがのヴェルネリも動揺を隠せない。
「な、な、何! ソ、ソウェルにならんだと!」
「はい! なりません。それとイェレミアスには申しわけありませんが、彼との婚約も白紙に戻して下さい。それがお互いの幸せとなります」
「な、何だ! お前がそこまでいう、使命とは! 一体何なのだ!」
「お祖父様が、まだ成し得ていない、いいえ、歴代のソウェルが全員成し得なかった大きな使命ですわ」
「何と! 歴代のソウェルが全員成し得なかっただと……む! そうか!」
ヴェルネリは、すぐに思い当たったらしい。
傍らのゲルダを鋭い視線で見据える。
「ゲルダ!」
ヴェルネリから厳しい声で呼ばれ、ゲルダは身体が強張ってしまう。
「は、は、はいっ!」
「先日の報告にあった。お前は『英雄の迷宮』へ入ったそうだな?」
「…………」
「どうした? 何故、黙っておる」
ゲルダの身体はヴェルネリに対する恐れから……震えていた。
しかしゲルダは、華奢な拳を固め、気持ちを奮い立たせる。
「……ソウェルよ、わ、私は!」
「む?」
「創世神様に誓って申し上げます。……私は英雄の迷宮へ入っておりません」
「む! 入っていないだと?」
「はいっ!」
「おかしいではないか? 報告では、ゲルダ、お前とこの勇者、そこに居る勇者の妻とやらが、迷宮へ降りたはず……なのにその物言いは何故だ?」
瞬間。
ヴィリヤが、力強く手を挙げた。
そして、叫ぶ。
「はい! お祖父様! ある事情により伏せておりましたが……迷宮へ入ったのはゲルダではありません、私ですから!」
「何だと!」
「はい! 私は勇者ダンの魔法でゲルダに擬態し、英雄の迷宮へ入りました。そして隠された真実を知りました」
「むうう……」
「私は、この世界の誤った常識を変えて行きます。ダンと共に! エリンと共に! ゲルダと共に! そして信頼すべき仲間達と共に! それが我がアスピヴァーラ家の贖罪、そして私ヴィリヤに課せられた新たなる使命なのです」
「…………」
と、ここで、エリンが勢いよく立ち上がり、ヴィリヤに駆け寄ると思いっきり抱きついた。
どうやら、ヴィリヤの決意を聞き、感極まったらしい。
「ヴィリヤ! ありがとう! ありがとうっ!」
エリンに抱きつかれたヴィリヤも涙ぐんでいる。
やがてふたりはもっときつく抱き合い、お互いに大声で泣き出してしまった。
「…………」
ヴェルネリは、『人間』と抱き合う孫娘を複雑な表情で見つめていた。
と、そこへダンから言葉が投げかけられた。
「ソウェル殿、貴方は俺とは初対面だ。いきなり見ず知らずの人間と腹を割って話すなど、出来ないと仰るかもしれない」
「…………」
「おっと、その前に防音の魔法をかけておこう。貴方の驚きの声が漏れないよう」
「…………」
「さあて、論より証拠。これを見て欲しい」
そう言って、ダンが収納の魔道具から取り出したのは……
あの銀製の指輪、そして3人の名が書かれた古い『誓約書』であった。
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