第166話「ベルナールの決意②」
ベルナールは、ダンの話によほど衝撃を受けたのか……
そのまま、ギルド応接室の長椅子に座り込んでいた。
ダン達を見送った、イレーヌが戻っても……
ベルナールはずっと無言であった。
背後に控えたイレーヌが待機していても、ずっとそのまま放置なのだ。
気遣う『愛弟子』へ、顔さえ向けはしない。
痺れを切らしたイレーヌが、そっと前に回り込みて一礼し、ベルナールを見やれば……
意外にも!
ベルナールは、泣いていた……
嗚咽をこらえ、無言で大粒の涙をぼろぼろ流していた。
不思議な事に……
涙を流しているのに、表情は笑顔だ。
いわゆる泣き笑いなのである。
思わず、イレーヌが、
「ベルナール様!」
と、呼びかければ、ベルナールは泣いたまま、苦笑する。
「ああ、イレーヌ、すまないな」
「…………」
「つい、胸がいっぱいになった……私へ、助力を求めるダン殿が……今は亡き私の息子に重なったのだよ」
「ええっ? ダン様が? ディーン様に……ですか?」
「ああ、そうだ。イレーヌ、これを読んでくれないか?」
「え?」
「読めば、私の今の気持ちが、良く分かる筈だ」
そう言ってベルナールが差し出したのは……
今は亡き愛息ディーンがベルナールへ出した『最後の手紙』である。
イレーヌは以前から、手紙の存在自体は知っていた。
しかし、ベルナールが『一番の宝物』にしている遺品の手紙を読んだ事など勿論ない。
イレーヌは、遠慮がちにおずおずと聞いてみる。
「わ、私が読んで、宜しいのでしょうか?」
「構わない、私の気持ちは既に決まった。このギルドをイレーヌ、君に任せ、ダン殿の下へ行く……」
「えええっ!? ベ、ベルナール様……」
ベルナールの発言はイレーヌにとって、ダンの話に劣らず、衝撃的であった。
ギルドの象徴でもある、竜殺しの英雄が職を辞するのだから。
確かに……
予感はあった。
最近何かにつけ、ローランドはイレーヌへ、どんどん仕事を任せていたからだ。
「…………」
思わず口ごもるイレーヌへ、ベルナールは黙って遺品の手紙を差し出した。
手紙を受け取ったイレーヌは、食入るように読み出した……
父上様
貴方がこの手紙を読む頃に、私はこの世には居ないでしょう。
黙って、家を出てしまってごめんなさい。
父上が、どんなに私を愛していたか。
亡き母上の分まで、私にたくさんの愛情を注いでくれていたか。
充分に分かっています。
私は、父上に愛されて本当に幸せでした。
だけど私は、無理なお願いをしてしまいました。
さすがの父上でも、あの腐りきった騎士団を変えるのは容易ではありません。
しかし、父上は頑張りました。
決して退きませんでした。
会う騎士の誰もが、父上を悪く言いました。
何人とも喧嘩になり、殴り合いになりました。
散々殴られ、蹴られました。
私も決して退きませんでした。
父上は正しい事をやっている、私の尊敬する方だからです。
ですが、これ以上、父上ばかりに無理は言えません。
私も、何かをしなければ。
この国の民の為に。
だから決断しました。
私は、苦しむ人達を助けたい。
これ以上、王都でぬくぬくと暮らしたくない。
だから、私は義勇団に入りました。
そして拙いながらも戦って、苦しむ民の力になる事が出来ました。
今迄鍛えてきた剣が、何とか役に立ちました。
たくさんの人に、喜んで貰えました。
尊敬する父上に、少しでも近づきたい!
そう思って頑張りました。
しかし、明日行われる戦いは相当きついです。
敵はオーガ数百。
対して私達は、僅か30人少し……
私達の剣は錆びて刃こぼれし碌に斬れず、弓の糸は切れ持つ矢の数も満足にありません。
私は、死ぬかもしれません。
だけど悔いはありません。
正々堂々と戦って、もし天に召されたら……母上に初めて会えますから。
私は、母上にお会い出来たら、胸を張って言います。
あなた達の息子ディーンは、おふたりに対して恥じない生き方をする事が出来たと。
父上……お元気で。
ご自愛くださいませ。
イレーヌは、ディーンの手紙を読んだ。
ベルナールの悲しみを思うと……
途中で涙があふれ、書かれている文字が見えなくなったが、
必死に何度も、繰り返し読んだ。
目の奥が、更に熱くなって来る。
やはりイレーヌの考えていた通り……だ。
普段は物静かで、戦いとなれば悪鬼のように猛る英雄が……
ベルナールの心には未来永劫ふさがらない『えぐれた傷』と、けして消えない『辛い悲しみ』が隠されていた。
手紙を「きゅっ」と握ったイレーヌへ、ベルナールは言う。
「聞いてくれ、イレーヌ。元々、私は考えていた。ほどなくしたら、ギルドマスターを辞し……誰も私を知らぬ、どこか遠くの地へ行こうとな……」
「え? いきなり、何を仰っているのですか、マスター!」
「そう……私はあてのない旅へ出て……魔物との戦いにあけくれ、力尽き斃れて……ひとり朽ち果てようとしていたのだよ」
「ベ、ベルナール様…………………」
イレーヌは、ベルナールの名を呼び、絶句した。
ギルドを、辞す……どころではない。
ベルナールは『世捨て人』となり、自死に近い死を望んでいた。
誰にも知られず、どこか辺境の地で、のたれ死のうとしていたのだ。
自分も、亡き妻、そして戦いに斃れた息子の下へ、早く逝きたい……
そう、考えたに違いない。
「もうこのギルドで私がやるべき事はない。ポンコツのロートルは、第一線を退いた方が良い……君に跡を譲ってな」
「…………」
無言のイレーヌへ、涙の跡が残ったまま、ベルナールは微笑む。
「だが……自ら死ぬ事は思い直した」
「え!?」
「安心してくれ、イレーヌ」
「は、はい! お、思い直されたのですねっ! よ、良かった!」
イレーヌの声には、安堵と歓喜の感情がはっきりと表れていた。
笑顔のイレーヌへ、ベルナールはゆっくり、そして静かに語る。
「ああ、ダン殿は……『新たな国』を創る為、私が必要だと言ってくれた。それも亡きディーンの遺志に応えられる、とても大きな役割を与えてくれたのだ」
「ええ、ベルナール様はまだまだこの世界に必要です! ダン殿達と共に、ディーン様がやり残した素晴らしい志を継ぐべきなのです!」
「ありがとう、イレーヌ……君の言う通りだ」
「…………」
「エリンさんも……約束を忘れるな、そう言ってくれた……」
「…………」
「ダン殿のお陰で……私は残された短い人生を全う出来る……悔いの無い人生を送る事が出来る……そんな気がするよ……」
「…………」
「ふふふ、こんなに……嬉しい事はない」
「…………」
「私はまだ生きるぞ……思う存分に生き抜いてやるさ! 我が妻キャサリン、息子ディーンの魂と共に……しっかりと前を向いてな」
ベルナールは、決意を語ると……
目を「きらきら」と輝かせ、無垢な少年のように笑ったのである。
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