第163話「アルバンの決意③」
ダンは感極まって泣きじゃくるエリンを優しく抱き締め、背をそっと撫でている。
そんなエリンの様子を、リアーヌ、ヴィリヤ、ゲルダの3人は、慈愛の眼差しで見つめていた。
アルバンも、思い出す。
酔客で大混雑の勇者亭で……
絡まれながらも、給仕役として大奮闘してくれたエリンの姿を……
給仕の経験もないのに、一生懸命頑張って助けてくれた。
目の中に入れても痛くない、愛娘のように思う、リアーヌからも聞いていた。
ダンの妻でありながら、「片思いの恋に悩むリアーヌ」を励まし導き、傷つかないよう仲をとりもってくれた事を……
何故だろう?
と、アルバンはまたも思う。
最近、自分が他人に対して、とても優しい気持ちになれると。
可愛がって来たリアーヌだけではなく、他の従業員も労り、店に来た客を大いにもてなし楽しませようという気持ちが強くなっている……
酸いも甘いもかみ分けた元冒険者のアルバンである。
単純に、エリンには凄い能力があると信じはしなかった。
だが生と死を隣り合わせにして、生きて来た経験から、現実を無理やりねじまげる愚かな行為もしない。
「ダン、お前の言う通りさ。エリンちゃんはとても素敵な子だ」
アルバンが告げた言葉を背に受け、エリンは「くるり」と振り向いた。
顔が、涙と鼻水とよだれで凄い事になっている。
年頃の女子なら、絶対に見せたくない顔だ。
「ア、アルバンさん!!」
「エリンちゃん、お前は最高だよ」
「うわうっ!」
シンプルだが、文字通り『最高の誉め言葉』をかけられたエリンは、歓喜のあまり、
今度はアルバンへ抱きついたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンはゲルダへ伝えたように……
アルバンにも「これから何をするのか」を説明した。
背負わされたダンの重責を知り、アルバンの驚きも大きくなる。
「そ、そりゃ……とんでもない話だ。ダン達が新しい国を創るってか?」
「ああ、そうさ。その為にこれからイエーラへ飛び、エルフの長ソウェルに会って、いろいろな話をまとめる。その後で王宮へも行き、宰相フィリップ様とも会う」
「むむむ、ダン。お前は凄い奴だと思っていたが……滅茶苦茶すげぇ! 俺の想像の域を遥かに超えているよ」
「でも、アルバンさん、それが課せられた俺の役目だ」
「そうか、大いに頑張ってくれよ。だが、そうなれば……」
アルバンは、物言いの途中で口ごもった。
ダン達は遠く離れたどこかで、国創りに邁進する。
当分は、この王都に戻って来れないだろう。
もしかしたら実の娘に等しいリアーヌとも、「永遠の別れになる」かも……しれない。
「ふう……」
「…………」
大きなため息をついたアルバンを、ダンは「じっ」と見つめた。
そして、
「じゃあアルバンさん、ここからが本題だ」
「え? 本題?」
ダンは何を言うのかと、アルバンは訝しがる。
エリンの正体。
ダンの果たす役割。
誰が聞いても、重大な内容である。
しかしそれらの案件は本題ではないという……
そして相変わらずというか、ダンはまっすぐ、つまり単刀直入である。
「アルバンさん、貴方にも来て欲しい。俺達の新しい国へ」
「へ!?」
アルバンは絶句した。
とんでもない……誘いである。
しかし、ダンは笑顔で「しれっ」と言う。
「俺達を支えて欲しい。いや、俺達だけじゃない。リアーヌの兄ルネや、チャーリー達大勢の冒険者もな」
「な? お前達や大勢の冒険者を俺が支えるって? お前、何言ってる? 俺は単なる、居酒屋の親爺なんだぞ」
「いや、貴方には元・手練れの冒険者という素晴らしい経験がある。そして、とびきり素敵な料理の腕もあるじゃないか」
「え?」
「俺達は、まずゼヴラン・アイディールのように、『冒険者の国』を創る。そして世界で難儀する人々を大勢救う」
「おお、そうなのか……そりゃ、すげぇや」
冒険者の国……
この国アイディールも、かつてそう呼ばれていた。
今や、世界でも有数の大国となってしまい、そう呼ばれなくなってしまったが……
「ああ、それが新たな国の存在価値であり、大義なんだ。だからアルバンさん、ぜひ貴方の力を借りたい」
「ふうむ……」
「これから協力を要請するベルナール様と共にな」
自分の後に、冒険者ギルドのマスター、ベルナールにも声をかける?
アルバンは、思わず言う。
「おいおい、英雄たる偉大なドラゴンスレイヤーと単なる居酒屋の親爺じゃあ、天と地の差だろうが」
「何言ってる! この勇者亭はベルナール様にだって、ひけを取らない」
「な!?」
「日々の冒険に疲れた身体を癒し、明日への活力を与えてくれる最高の場所、それが勇者亭じゃないのか」
「お、おお……」
「勇者亭が冒険者達の、いや! 王都のオアシスだと、この場の全員が分かっている」
「ダン……」
「しかしだ、悪いけど、この店は店主ごと、王都から新しい国へ移転させて貰うぜ」
どうやら……
ダンは、アルバンの本心を見抜いているらしい。
背中を押して欲しいという、願望も……
だからなのか、ダンはアルバンに有無を言わさない、物言いである。
「ち! な、何だよ、ダン。俺の知らない間に、勝手に仕切りやがって」
「悪いな……アルバンさんには、俺とリアーヌの子供を抱いてやって欲しくてな、無理にでも連れて行く」
「な!? お前とリアーヌの子供ぉ!?」
ダンの言葉を聞き……
アルバンの脳裏には、新たな勇者亭で『ダンとリアーヌの子』を抱き、
満面の笑みを浮かべ、あやす自分の姿が浮かんだ。
成長した、その子が、自分の事を「じいじ!」と可愛く呼ぶ姿も……
アルバンはそこまで考えると、口元をほころばせる。
「何だよ、ダン」
「おう!」
「おう! じゃねぇよ。年寄りの俺によ、まるで、『うぶな娘っ子』を口説く時みたいな強引な言い方をしやがって」
「ははは、だな」
「ふん! お前の提案は悪くねぇ……了解したよ。俺を呼ぶ用意が出来るまで、店で待ってりゃ良いんだな?」
「おっ! という事は?」
「ああ、俺も行く! お前達と共に、新しい国へ行くぞっ! そして『新・勇者亭』を華々しく開店するぜっ!」
はっきりと言い放った、アルバンの表情は……
『新たな人生』へ踏み出す、希望と期待に満ち溢れていたのである。
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