第160話「ゲルダの決意②」
エリンと一緒に居ても、災いなど、呪われたりなどしない。
何も悪い事など起こらない。
そして、歴史的な遺物といえる、3つの種族をつなぐ銀製の指輪と旧き誓約書……
厳然たる事実を目の当たりにして……
ゲルダは創世神の教えとされる『デックアールヴの呪い』が、
『単なる迷信』である事を受け入れるしかない。
現にあれだけ『ダークエルフ』を嫌っていた主ヴィリヤが……
こんなにも、エリンと打ち解けている。
まるで長年もの間、親しんだ知己のようだ。
その理由はダンが、『ふたりの夫』というだけではないのだろう。
生と死の狭間にある過酷な迷宮において……
窮地と失意に陥ったヴィリヤを、エリンが、心身共に支えてくれたからに違いない。
そして何より、エリン自身の人柄もある。
元より、ゲルダも天真爛漫でさっぱりした性格のエリンは好きだ。
デックアールヴ云々を、一切抜きにして。
そしてゲルダも感じるのだ。
エリンと時間を共有すると、不思議とほがらかになる。
何故か、明るく元気になれる。
だが……
まだ信じきれない事象がある。
それは、リョースアールヴが本当に、
「デックアールヴを陥れたのか?」という事だ。
ゲルダが「つらつら」考えていると、ダンが「ポン!」と彼女の肩を叩いた。
他人の、それも異性に馴れ馴れしく肩を叩かれたら……
普段のゲルダであれば、容赦なく相手の頬を張っていただろう。
しかし、肩に置かれたダンの手は温かい。
先ほどから告げる彼の言葉も、ゲルダをホッと安堵させる。
「ゲルダ、お前の戸惑い、迷いは良く分かる」
「え?」
「リョースアールヴが、果たしてそのような大罪を犯したのか……という疑問があるのだろう?」
「…………」
心の中をズバリ言い当てられ、ゲルダは黙り込んだ。
一方、ダンは微笑み、話を続ける。
「遥か古の出来事だ。事件の当該者は全員この世には存在しない。天界の使徒に聞くのも不可能だろう。さすがに、直接確認するのは無理さ」
「…………」
「しかし……この指輪の材質違いの同型、同文の誓約書が、アスピヴァーラ家とアイディール王家に大事に保管されていれば……それが動かぬ証拠なんだ」
「そう……ですね。確かにそうです!」
「だろう? その事実を確認するのが、俺に与えられた役目のひとつだ」
「え?」
長き歴史に隠された、大いなる事実を確かめるのがダンの役目……
ゲルダは胸が高鳴り、思わずダンの顔を見た。
一方、ダンは相変わらず微笑んでいる。
「というわけで、俺はこれからイエーラへ赴き、ヴィリヤの祖父ヴェルネリ殿に会う」
「我がソウェルに? ダンが?」
「ああ、デックアールヴとの『約束』は勿論、俺とヴィリヤの結婚を確定させないといけない。彼女の婚約を解消させ筋を通さないと」
「そ、そうですね」
やはりと、ゲルダは思う。
ダンは本当に、律儀で誠実だと。
妻ヴィリヤの為なのは勿論……
彼女の祖父ヴェルネリ、そして別れる事となる婚約者の事までも考えているのだ。
「イエーラでのケリがつけば、次はアイディール王家だ。宰相フィリップ様に会う。同じ仕事が待っている」
「な、成る程……」
ダンの仕事は大役だ。
世界へふりかかる、怖ろしい災いを防ぐのと同じくらい。
そう……
これから、『歴史』の歯車が音を立てて大きく動き出すのだから。
と、その時。
ダンが、いきなり話題を変える。
「それで……ゲルダはどうする?」
「え? 私?」
「おう! これから、俺達は新たな国創りへ、ひたすら邁進する」
「それは、そうでしょうね」
「ああ、ヴィリヤとも話した……彼女とお前は主従関係だが、あくまでもイエーラにおいてだ」
「イエーラにおいて……」
「うん! こうして新たな状況となった今、従来の身分や職務に縛られる事はない。お前の意思で自由にして構わない」
告げられた、ダンの言葉は、ゲルダにとってはショックだった。
「自由になって構わない」という言葉の反面、絆の弱さを感じさせるものだから。
ヴィリヤの心は、不思議な憤りを感じる。
「ダン……」
「おう!」
「一体何が言いたいのですか? もう『私は不要だ』とでも言いたいのですか?」
怒りのこもったゲルダの言葉。
しかしダンは首を振る。
それも笑顔で。
「いや、全然、真逆だよ」
「え? 全然、真逆!?」
ダンの言葉を想定外に感じ、驚いたのだろう。
大きく目をみはり、ぽかんと口を開けるゲルダへ……
ダンは言う。
「新たな国には、数多のそしていろいろな課題がある。これからは大変な仕事が山積みさ。気心の知れた、優秀な人材は絶対に必要なんだ」
「それって? 私の事? 気心の知れた……優秀な人材って事……なの? 私が?」
「おう! 俺達にはゲルダ、これからもお前が絶対に必要なんだ」
「私が……これからも絶対に必要……」
「ああ、だが俺達と共に来るという事は……今の身分、地位を一切捨てる事となる。そこまで俺とヴィリヤはお前に強要する事は出来ない」
「……分かりました。……少し考えさせて下さい」
ダンの申し入れは……密かにゲルダが期待していたもの。
しかし……
何故か、すぐにOKの返事が出来ない。
そんなゲルダへ、ダンは優しく微笑んでくれた。
「即答じゃなくて構わない、何日でもじっくり考えた上で、返事をくれ」
「はい……」
ダンの言う通りだ。
己の人生のターニングポイントである。
じっくり考えよう……
口ごもりながら返事をし、ゲルダはそう思ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
ヴィリヤの屋敷の大広間には、主のヴィリヤ、副官のゲルダだけではなく……
ダン、エリン、リアーヌも含め、昨夜書斎で話したメンバーが全員居た。
ダン達は、この屋敷へ、そのまま泊ったのである。
5人、朝食を摂る中で……
ただひとり、ヴィリヤだけがむくれていた。
気になったゲルダが、尋ねてみれば……
昨夜は夫婦4人、一緒には寝た。
だがヴィリヤは、『妻』として、ダンに抱いて貰えなかったという。
一見、他愛もない事である。
でも……
自分はもう完全にダンの妻。
という気持ちのヴィリヤにとっては、絶対に譲れない大事件なのだ。
こうなったら……
ダンに直接、聞くしかない。
夫婦の秘めたる事情を聞くなど……
あくまでも『他人』のゲルダにとっては勇気の要る事である。
しかし、主ヴィリヤの為なら……
ゲルダは思い切れる。
主でありながら、まるで、妹のように思えるほど愛おしい。
心から愛するヴィリヤの為ならば。
そんなゲルダの問いに対し、ダンの答えはあっさりしたものだった。
「ヴェルネリ殿とヴィリヤのご両親に認めて貰った上、ヴィリヤの婚約者とのケリもつけてからさ」
「そんなの、構わないじゃない。もう私は、身も心も完全にダンの妻なんだから!」
巣ごもり前の栗鼠のように……
不満でぷくっと頬を膨らますヴィリヤを見て、ゲルダは嬉しくなった。
改めて実感する、ダンの真っすぐな誠実さに。
主という、ひいき目を差し引いても、恋するヴィリヤは可愛い。
そして元々、素晴らしく美しい。
人間から見ても、『女』として「ぜひ抱きたい!」と思う筈だ。
しかしダンは一緒には寝ても、ヴィリヤを抱かなかった。
全てのしがらみを断ち切り、正式に妻として迎えてから。
「筋をしっかり通す」のだと、はっきり告げてくれた。
愛する主で……可愛い妹……
命より大事なヴィリヤを、この人なら……
ダンになら、任せても間違いない。
ゲルダは大いに納得し、はっきり確信したのである。
こうなると、答えは決まった。
ゲルダは決意したのだ。
「ダン!」
「おう!」
「私を必要としてくれるなら、ぜひお願いするわ! 私も貴方達と人生を共にします!」
「おお、そうか。ゲルダ、ありがとう!」
屈託のない笑顔で、ダンは礼を言ってくれた。
そして、
「ゲルダ、これからも宜しくね」
と、いう主ヴィリヤの言葉。
当然、エリンとニーナも続く。
「エリンもゲルダなら、大歓迎だよ」
「ゲルダさん、私も嬉しいです」
自分に投げかけられる4人の言葉が……
ぽかぽかと温かい春の日差しのように感じられ、ゲルダはとても心地良かったのである。
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