第159話「ゲルダの決意①」
ここは……
王都の中心部にほど近い、ヴィリヤ・アスピヴァーラの屋敷である。
毎回、ダンが報酬を受け取る場となるヴィリヤの書斎には、ダンと『妻達』、そしてヴィリヤの副官ゲルダが居た。
護衛も「一切不要」と、屋敷に詰めた配下達には伝え、書斎の両隣5部屋は完全に無人。
つまり人払いを行っている。
その上、ダンが防音の魔法も掛けてあり、エリンが『カミングアウト』する準備は万全であった。
そして遂に……カミングアウトは行われた。
ゲルダの目の前には……
ダンの変身魔法が解け、本来の姿に戻ったエリンが立っていたのだ。
先ほどから……
ゲルダは驚愕の連続である。
ヴィリヤがダンと結婚すると聞き、主の恋が叶った喜びと驚き。
魔法を解いて貰い、ヴィリヤとゲルダ双方が本来の自分の姿に戻り、ホッとしたのも束の間……
今度は、エリンの容姿が全く変わってしまった。
ゲルダは目を丸くして、驚きのあまり身体も固まってしまっているのだ。
「ダ、ダン!? こ、これは一体!?」
「ああ、見た通りだ」
「エ、エ、エリンさんは……人間族ではないのですね!? それにまさか! こ、この姿は!?」
「ええ、ゲルダの思った通り。エリンはね、ダークエルフじゃなかった、デックアールヴなのですよ」
ダンの代わりに……
ゲルダの問いに、あっさり答えたのは、主ヴィリヤであった。
いかにも面白そうに、悪戯っぽく笑っている。
「ダークエルフ? デックアールヴ!? あうあうあう……」
ダークエルフ!?
デックアールヴ?
何と!!
おぞましい!!
呪われた民ではないか!!
ショックのあまり、唸るだけ。
言葉が全く出ないゲルダ。
そんなゲルダへ、当のエリンもにっこり笑う。
「うん! エリンはね、デックアールヴなの」
「…………」
「エルフもダークエルフも蔑称だから、今後、その呼び方は無し。分かった? ゲルダ」
「…………」
無言となってしまったゲルダへ、エリンは更に告げる。
「エリンはデックアールヴ、ヴィリヤと、貴女ゲルダはリョースアールヴよ。忘れないでね」
「う……うう」
再び唸るゲルダ。
と、そこへヴィリヤがフォロー。
「ゲルダ、聞いて……エリンはね、本当に良い子なの……英雄の迷宮では、不安と恐怖に陥った私を、ず~っと、支えてくれていたのよ」
「ヴィ、ヴィリヤ様……」
何とか、主の名を呼んだゲルダ。
そんなゲルダが、さすがに不憫と思ったのだろう。
今度はダンが、身を乗り出した。
「ゲルダ、悪いな。いきなりのカミングアウトで驚くのも無理はない」
「ダン……」
「だが安心しろ、今のお前は迷宮でエリンの素性を初めて知った時の、ヴィリヤと全く同じ反応だからな」
「初めて知った時の……ヴィリヤ様と同じ……」
初めてエリンの正体を知った主と同じ反応……
そう言われても、ゲルダはまだ、自分の気持ちを納得させられない。
ここでダンは、再び提案をする。
経験済みの事象は、過去に上手く行った事例……
すなわち経験則が役に立つ場合が多い。
「よし、ゲルダは魔法使いだからな。こういう時は呼吸法だ」
「は、はい!」
ダンの言う通り、ゲルダも魔法使いである。
彼の意図を即座に理解した。
す~は~、す~は~、す~は~、す~は~……
徐々にゲルダの動悸が静まる。
体内魔力と集中力も高まって来た。
ダンは素早く、ゲルダの状態を見抜く。
「うん、そろそろだな? 落ち着いて、話を聞く事が出来そうか?」
「え、ええ……大丈夫よ、ダン」
「OK! ゲルダ。俺はな、ヴィリヤへこう言った」
「…………」
「お前の価値観を、思いっきりぶっ壊すぞ……とな」
「ヴィリヤ様の価値観を!?」
「おお、話はシンプル。単純明快だろう?」
価値観を壊すのが、シンプル? 単純明快?
ゲルダはダンの話が理解不能になって来る。
「た、単純明快なのですか?」
「はは、論より証拠。ダークエルフの呪いなんか、くだらない迷信なのさ」
「…………」
「迷宮では、エリンとずっと一緒だった俺とヴィリヤが、こうして無事に戻って来た。見てみろ、怪我ひとつない、元気でピンピンしているだろう?」
「確かに……ヴィリヤ様もダンも元気いっぱいですね……」
「というか、ゲルダも以前、エリンとは会っている。しかも……何度となく」
「た、確かに……」
「改めて聞こう。……ゲルダ、最近、悪い事が起きたか?」
「悪い事? ……いいえ、全然」
「風邪とか病気になって、体調を崩したか?」
「いいえ……今のダン同様、健康そのものです。迷宮へ入ったヴィリヤ様が心配で、あまり食欲がありませんでしたが……」
と、その時。
ここで、ぼけをかましたのが……そのヴィリヤである。
「あら? ゲルダったら、そんな事はないでしょ?」
「は? 何をヴィリヤ様」
「久々に会って感じたの。私が居ない間、食べ過ぎたのかしら? ゲルダったら、ちょっと太ったかもね」
「はぁっ!? ヴィ、ヴィリヤ様!」
ヴィリヤがこのような冗談を言うのは珍しい。
だが、内容が内容。
つい頬を膨らますゲルダ。
ふたりのやりとりを聞いて、苦笑したダンがある『何か』を取り出した。
「これから少し長い話をする。だがその前に、ゲルダにはこれを見て貰った方が早い」
「こ、これはっ!?」
ダンが取りだしたのは……
小さな銀製の指輪と、古めかしい紙である。
ゲルダの見立てでは、紙に品質劣化防止の強力な魔法が掛けられているようだ。
「実はこのふたつの宝を、万が一紛失したら、俺の命をもって償うと、約束させられた」
「ええっ!? ダンの命をもって!?」
「ああ、迷宮の奥で会ったデックアールヴのリーダーにな。彼から預かった指輪は銀製の魔法指輪、そしてこの紙片は……誓約書だ」
「誓約書……」
「うん! このふたつの品は、とても意味があるものだ」
「い、意味がある?」
「そうさ! 誓約書には古代文字が書かれている。しかしゲルダ、多分お前になら読めるだろう」
「?」
「古代文字は昔の人間が使った言葉、更に古代アールヴ語も一緒に書かれているんだ。読んでみてくれ」
「こ、こ、これはっ!」
ゲルダはダンから受け取った紙片に、記された内容を何度も何度も読み返した。
そこには間違いなく書かれていた。
はっきりと書かれていたのだ。
とんでもない内容が……
アイディール王国開祖ゼヴラン・アイディール、彼の弟ローレンス・アイディール、そしてリョースアールヴ4代目のソウェル、テオドル・アスピヴァーラのサインが記されていた。
そして気になる文言は……
ゼヴラン、ローレンス、テオドルは手を取り合い、無実の罪を負ったデックアールヴが幸せになる為、未来永劫、全面的に協力すると。
そしてテオドルのサインの脇には……
我がアスピヴァーラ家は、永遠にリョースアールヴの犯した罪を償う……
そう、書かれていたのであった。
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