第155話「必然たる理由③」
父と仲間達を失った、辛い悲しみを思い出したあまり、黙り込んだエリン……
急いでダンが立ち上がり、彼女を優しく抱き締めると、そっと椅子に座らせた。
そしてダンは、待機していたヴィリヤへ目で合図をすると……
「心得た!」とばかりに、今度はヴィリヤが駆け寄り、エリンをしっかり抱き締めたのである。
部屋の中は、シーンと静まり返っていた。
悪魔王や眷属共が目の前に居なくとも、エリンの話だけで心と身体へ伝わって来る……
身体がぶるぶると震え固く強張るのだ。
むごたらしく殺される、デックアールヴ達の阿鼻叫喚がリアルに聞こえてくるからだ。
起こってしまった悲劇の、あまりの凄惨さ……
厳しい表情を浮かべるリストマッティ達へ、ダンは言う。
「エリン達が破滅の危機に陥っている時、俺は……ある任務を帯びて、地下へ潜った」
「ダン殿が? ある……任務?」
デックアールヴ達が住む深き地下都市。
他者が足を踏み入れるのは容易ではない。
極めて困難だ。
それに、ダンとエリンの『出会い』も気になる。
リストマッティは食い入るように、ダンを見つめていた。
そんなリストマッティへ、またもダンは、直球を投げ込んだ。
「創世神の神託を受け、悪魔アスモデウスを倒せ……という秘密の任務だった」
「そ、それは!」
創世神の神託を受け、悪魔を倒す……
もしや!
ダンは……
選ばれし勇者なのでは。
それも、古からアールヴ達の間に伝わる『救世の勇者』!?
何故ならば……
アスモデウスと戦い、危機に陥った筈なのに……
エリンはこうして目の前に無事でいて、ダンも健在だ。
という事は……
ダンが怖ろしい悪魔王に……勝った!?
リストマッティ達は期待を込め、畏敬の表情でダンを見た。
しかし、ダンの口調は変わらない。
創世神の加護を受けた偉大なる者として、己を誇ったり、驕った口調ではない。
相変わらず、淡々としていた。
「俺は……アスモデウス共の悪しき波動に導かれ、エリン達の国へと、足を踏み入れた。そしてまさにエリンが、アスモデウスにより捕らえられ、穢されようとする寸前、間に合い、彼女を救う事が出来た」
「お、おお! と、いう事は!」
やはり!
というように、リストマッティは、思わず身を乗り出した。
「安心してくれ、悪魔共はもう居ない。エリンの父とデックアールヴ達の仇だけは討った」
「おおおおおっ」
ダンの言葉を聞き、リストマッティ達はどよめいた。
「首魁・悪魔王アスモデウスは、俺が倒した……禁呪を使い、不死と豪語した奴の魂を粉々に砕き、無に還した。だから、もう二度と復活はしない」
「おお、おおおおおおおっ!!」
期待していた答えがダンから戻り……
リストマッティ達は、顔を見合わせ、大きな安堵と歓喜を見せた。
彼等の雄叫びにはいくつもの意味があった。
かつて王と仰いだラッルッカの仇を討てた事と同族の無念を晴らした事は勿論……
怖ろしい悪魔共の脅威が完全に消えた事が大きい。
その悪魔を容易に倒す、勇者ダンの強大な力の助けが得られる事も喜ばしいのだ。
ここで、少しだけダンの表情が曇った。
力及ばず残念だ、という気持ちがはっきりと表れている。
「何とか、エリンだけは助ける事が出来た。だが……一歩遅かった。エリンの父である王を含め、他の者達は救う事は出来なかった。俺が来た時には全員殺された後だった……」
「……そ、そうだったのか……誠に、残念だ……」
沈痛な表情のリストマッティ。
対し、ダンは相変わらず、淡々と言う。
「……リストマッティ、この際だ、正直に言っておこう。その時、俺はエリンを置いて、地上へ戻ろうとした」
「な! 何故!」
リストマッティは、驚いた。
伝説の救世の勇者なら……
全ての民を救う、寛容な気持ちを持つ、偉大な勇者の筈なのにと。
しかしダンは淡々と言う。
「アスモデウスを倒しさえすれば、依頼された俺の仕事は完了する。ひとり残されたデックアールヴの運命など、俺には全く関係ないと思ったからだ」
「そ、そんな……」
「当時の俺は、命じられた仕事さえこなせば、後は知らない。自分ひとり生きていければ良かった。そのように考えていた」
ダンは、そう言うと遠い目をした。
口元が、僅かに上がる。
どうやら、苦笑いのようだ。
「しかし、俺は……思い直した」
「ダン殿が、お、思い直したのか? な、何故?」
「ああ、良く良く考えれば、俺とエリンは、お互い、同じような境遇だったから」
「同じような境遇?」
「今は違うが……俺もこの世界では、たったひとり孤独だった」
「は? こ、この世界ではだと、たったひとり? 孤独!? ど、どういう意味なのだ?」
「簡単な事さ。俺はこの世界の人間ではない。違う遠き世界から召喚され、創世神の名の下に働く人間なんだ」
「な、何!? そ、そ、それは! も、もしや! い、い、異世界から! 召喚されたという事かぁ!」
ダンの境遇も……
エリンの話に劣らないくらい興味深い。
度重なる衝撃の事実に刺激され、リストマッティは思わず身を乗り出した。
しかし、ダンは苦笑し、首を振った。
「おっと! これから、他にもする話がある。だから俺の詳しい事情はいずれまた伝えよう」
「むむむ……残念だ」
「……とにかく、俺はエリンを連れ、地上の自宅へと戻った。俺の自宅は、アイディール王国の山奥にある。そこでたったひとり、隠れるように暮らしていたから、当初は何も問題はなかった」
「…………」
「しかし俺は、定期的にアイディール王国王都へ行かなくてはならぬ事情がある。その時、既に俺とエリンは愛し合い、片時も離れられぬ状況だった」
「…………」
「俺は変身の魔法を使い、エリンを人間に擬態させた。貴方には分かるだろうが、いわれのない迫害を受けさせない為だ」
「…………」
「そして、紆余曲折あり、この国へつながる迷宮へ、行方不明者の救助と調査にやって来た。今迄の経緯を簡単に話せば……そういう事なんだ」
「うむむ……話は良く分かった。ダン殿は我が王の血を継ぐエリン様の夫君、だから人間である自身もデックアールヴ族に等しい……そう考えているのだな?」
「ああ、その通りだ」
はっきりと言い切るダンの姿を……
固く抱き合うエリンとヴィリヤは、心の底から嬉しそうに見つめていたのであった。
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