第152話「足し算」
キッと睨み、怒りをこめたヴィリヤの視線を……
ダンは優しく受け止める。
「ヴィリヤ、いいか? リョースアールヴ3代目の長は、自分の父親の犯した罪を、どのような思いで聞いたのかと、俺は想像したんだよ」
「…………」
相変わらず……
ヴィリヤは無言だった。
しかし、ダンの言葉を聞き……
先ほどの慰めが、けしてうわべの言葉だけではないと、はっきり感じたらしい。
「少し落ち着いて聞いてくれ、ヴィリヤ。お前を愛する、俺になら分かるんだ……」
「……ダン」
「遥か昔だから……断言は出来ない。けれども……多分3代目の長は、今のヴィリヤと同じ気持ちだったんじゃないかと思う」
「…………」
「リョースアールヴ3代目の長は、更に……将来4代目の長となる我が子テオドルへ、真実を伝えた。一切を、嘘偽りなく」
「…………」
「そして、4代目の長となったテオドルは、盟友ゼブラン・アイディールに連れられ……遂に、この国へやって来た」
「…………」
「改めて真実を知ったテオドルは……デックアールヴ達へ、心から懺悔し謝罪した」
「…………」
「ヴィリヤ、お前も想像するんだ。地に這いつくばり、土下座までして詫びるテオドルの姿を……」
「あ……」
「誇り高いリョースアールヴの長が、頭をすり付けて……ひたすら謝罪する姿を」
「あ、あうう……」
ヴィリヤは、思わず口籠る。
そしてあの場で、即座に謝罪の行動へ移さなかった自分と比べてみた。
テオドルは会った事もない、遠き祖先だが……
正体を明かし、詫びる勇気のなかった自分に比べて、何という『潔さ』であろうかと。
「俺は……尊敬する。真実を伝えた3代目の長を、そして4代目のテオドルを……それに、リョースアールヴ2代目の長も根っからの悪人ではなかったと思えるんだ」
「…………」
「何故ならば、結局は我が子へ、真実を伝えたからだ。良心の呵責に耐えきれず」
「…………」
「だから俺は、今のお前の姿を見て、誇らしいと思う」
「…………」
「厳し過ぎる現実をしっかりと正面から受け入れ、悩み、葛藤する。アスピヴァーラの誠実な血は、真摯な魂は……確かに、お前の中に生きているんだ」
ダンは……いつもそうだ!
と……ヴィリヤは思う。
今度は、嬉し涙があふれて来る……
そう!
ダンは……
私が知らない、様々な事を教えてくれるから。
困った時には、必ず傍に居てくれる。
今だって、そうだ。
尊厳を失い、崩れ落ちそうになる自分の心を、しっかり支えてくれた。
それどころか!
これからも、前を向き、生きて行く勇気を与えてくれた。
「ああ、あああ……ダン!」
「安心するんだ、ヴィリヤ。お前の敬愛する祖父、ヴェルネリと共に……お前の中には、アスピヴァーラの誇るべき血と魂は、しっかりと受け継がれている」
「あ、あ、あ、ありがとう! ダン! 私っ、私っ!」
「ヴィリヤ、大丈夫だ! お前はひとりなんかじゃない。俺が居る、エリンが居る、地上に戻れば、リアーヌも居る。俺達は皆で支え合う家族なんだ」
「はいっ!」
「これからは、家族全員で支え合い、前を向いて、生きて行こう」
「はい! 私も家族全員をしっかり支えます! 前を……向きます!」
力強く、返事をしたヴィリヤの顔は……
今迄の曇天が嘘のような、晴れ晴れとしたものであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
元気を、取り戻したヴィリヤは……
エリンとも、しっかり抱き合う。
ヴィリヤは、少し心配であった。
果たして、エリンが許してくれるのかと。
自分の直系の先祖、アスピヴァーラの犯した罪を……
もしも地下にさえ、追放されなければ……
エリンの仲間は死なずに済んだのだ……
怖ろしい悪魔と、その眷属共に殺されずに済んだのだ。
しかし、ヴィリヤの心配は杞憂であった。
エリンは優しく微笑み……以前のように、ヴィリヤを包み込むよう、抱き締めてくれた。
つい、ヴィリヤが感激して、
「エリンさん……ありがとう」
と、言えば……
エリンは悪戯っぽく笑い、首を振る。
「駄目だよ、ヴィリヤ」
「え? 駄目?」
「うん! もうエリンに『さん』は要らない。だって、他人行儀だよ」
「…………」
「呼び捨てで、ただのエリンで良い。……エリンとヴィリヤは、同じなんだよ。……ダンの妻同士だからね」
「あ……あううっ」
感極まり……
またも泣き出すヴィリヤ。
今度も嬉し泣きである。
抱き合う妻ふたりを見ながら、ダンが言う。
「俺、エリン、ヴィリヤ、リアーヌには新たな役割が出来た。……これから地上に、新たな種族となった、デックアールヴ達の新たな国を作る事だ」
「新たな種族……」
と、エリンが呟けば、ヴィリヤも言う。
ダンの意思がはっきりと伝わるのが分かる。
「リョースアールヴ、人間、もしくはもっと……様々な種族と融合した新たな種族……そういう意味ですね? ダン」
「ああ、ヴィリヤの言う通りだ。エリン、さっきこの国の様子を見ただろう?」
「ええ、しっかりと」
エリンの記憶が甦る。
誰もが楽しそうに、そして前を向く波動が強く放たれる。
「新たに創られるのは、デックアールヴの望郷の念、それに英雄と呼ばれるゼヴラン・アイディール、彼の弟ローレンスの遺志も受け継がれる国なんだ」
そう……様々な人々の想いが……
新たな国へと向けられている。
「エリン、ヴィリヤ、足し算だ」
「足し算?」
「どういう事ですか、ダン」
「何かを、行おうとする時、ネガティブに引くんじゃない、あくまでポジティブに、次々と足して行くと考えるんだ」
「ポジティブに、次々と足して行く?」
「足し算……ですか?」
「ああ、一見、役に立たないように見えても、この世に無駄な事などない。きっと何か大切な物の礎となる筈だ。その、ほんのわずかでも地道な積み重ねが、遥か彼方の、輝かしく大きな未来へつながると、俺は思う」
「無駄な事などない……」
「何か大切な物の礎となる……」
「それに誤解のないよう聞いて欲しいが……エリンのお父上と仲間の死も……けして無駄死にではない。デックアールヴ達が回り道した膨大な時間もな……」
「…………」
「…………」
「俺達は……志半ばで斃れた者達の意思を受け継ぎ、これからも戦い続ける。そしてもしも俺達が目的を果たせなくても、跡を継ぐ者がきっと現れる筈さ」
「旦那様! そうだね、絶対にその通りだよ」
「ああ、ダン、私も良く分かります!」
エリンは改めて認識する。
自分が生き延びる事が出来たのは、父を含め、貴い犠牲の上にある事を。
そして決意する。
課せられた、自分の役割を必ず全うしようと。
一方……
ヴィリヤは、遥か遠き過去へ思いを馳せる。
リョースアールヴ歴代のソウェルは、世間とのあつれきを恐れ……
結局は、表立ってデックアールヴ達を救う事が出来なかった。
しかし陰ながら助けて来た行為に……脈々と受け継がれた、確かな贖罪の意思を感じる。
今度は……自分がその意思を継ぐ番なのだと。
そしてダンは……
この異世界へ、自分が送られて来た、真の意味が分かった。
エリンとヴィリヤの夫となった自分は……
同胞に等しい存在として、哀れなデックアールヴ達を地上に戻す事、リョースアールヴの贖罪を手助けする事が使命なのだと……
そう、はっきり感じたのであった。
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