第150話「助けて!」
自分は、英雄ゼヴラン・アイディールの弟、ローレンスの子孫である。
それも……自分達デックアールヴにとっては、ローレンスこそが英雄なのだ。
リストマッティは、きっぱりと誇らしげに言い放った。
そして、
「さあ、ダン殿。……これで私の話は一旦、終わりだ」
「成る程」
「これ以上の話は、ダン殿。君が私達に協力すると、しっかり約束してくれてから……再び始めるとしよう」
リストマッティはダンを真っすぐ見据えた。
対して、ダンは、今迄の話に納得した様子である。
何故ならば、リストマッティから発する魂の波動は、全くといっていいほど乱れていない。
嘘偽りがないと誓ったのは、本当だった。
「もう、気持ちは決まったかな? ダン殿は私達に協力するか、それとも否か?」
「…………」
答えを促すリストマッティに対し、ダンは、すぐに返事をしない。
まずエリンを見た。
……エリンは、ダンを熱く見つめていた。
強く、意思のこもった目である。
答えは、イエスだと。
彼女の目は、はっきりと訴えていた。
ただひとり生き残った……
誇り高きデックアールヴ族の王女として……
父を始め、無残な死を遂げた一族の為に……
自分に課せられた、これからの大きな使命、重い役割を認識し、絶対に果たそうとする決意の眼差しなのだ。
ダンは軽く頷き、今度はヴィリヤを見た。
しかし……
エリンとは対照的に、ヴィリヤは全く元気なく、俯いたままであった。
顔色も、ひどく青ざめている……
何故ならば、ヴィリヤの中にあったこれまでの常識全てが覆されたからだ。
否、粉々に打ち砕かれたからなのだ。
更に……
遥かに、遠い先祖が犯したとはいえ……
取り返しのつかない大罪を、一身に背負った重い気分なのだろう。
他にも、様々な負の感情が加わり、ヴィリヤの心の中で複雑に混在しているに違いない。
ダンは唇を噛み締め、真剣な表情のまま、軽く息を吐いた。
そして、きっぱりと言い放つ。
「リストマッティ、貴方の話は充分に理解した。これから、貴方達が成し遂げんとするのはとても意義があり、素晴らしい事だと思う」
ダンの言葉を聞き、リストマッティの顔に喜色が表れる。
「おお、ダン殿、ありがとう! で、では?」
「ああ、俺は多分、貴方に対し、前向きな答えを戻せるだろう……但し、これからもう少しだけ……考える時間をくれないか」
「うむ! 構わない、そちらの都合が許す限り、じっくりと考えてくれ」
ダンの言葉から、しっかりとした、手ごたえを感じたのだろう。
リストマッティは笑顔で、何度も頷いていた。
そして熟考したいという、ダンの考えは尤もだとも納得していた。
愛する妻エリン、ヴィリヤと共に……考え、話す。
改めて彼女達の意思を確認し、前向きに検討する。
という考えにダンは至った。
そう、リストマッティは、受け取ったのだ。
時間の猶予を貰ったダンは、エリンへ了解を求める。
「ありがとう、リストマッティ。じゃあ、エリン、OKしても構わないな?」
「はいっ!」
エリンは、元気良く、OKの返事をした。
愛する『想い人』が、自分の決意と覚悟を、すぐ理解し、受け止めてくれたと分かるから。
歓びの声で、はつらつと返事をしたのである。
次に、ダンはヴィリヤへ問う。
当然、本名では呼ばない。
「……ゲルダも……構わないな、OKしても?」
「…………」
だが……
ゲルダに擬態したヴィリヤは、俯いたまま、無言であった。
ダンは、黙って立ち上がると、ヴィリヤの傍へ行き、
「ほら!」
と、声をかけ、小さな頭を「ポン」と叩いた。
優しく、そっと、柔らかく。
「あう!?」
ゲルダにそっくりな綺麗な栗毛の髪を揺らし、可愛く悲鳴をあげるヴィリヤ。
どうやら、ダンが近付いたのさえ、全く認識していなかったようだ。
ダンとエリンは、ヴィリヤを見て、辛そうに小さく息を吐いた。
まるで、ヴィリヤの気持ちを受け止めるかのように。
何故ならば、ダンには分かる。
エリンにも……良く分かるのだ。
無言のヴィリヤから、彼女の魂から……
凄まじい、『悲しみの波動』が伝わって来る事を。
ヴィリヤの心は叫んでいた。
リョースアールヴの……
それも宗家アスピヴァーラに生まれた私は……
先祖の犯した取り返しのつかない重き罪を、どう詫び、どう償えば良いの?
誰か、教えて!
ねぇ、助けて!
という、自己嫌悪に染まった魂の叫びといえる魂の叫びが……
ダンは、時間は勿論、家族だけになれる場所が必要だと実感する。
「申し訳ないが……リストマッティ、この子達を少し休ませたい。どこか、落ち着ける部屋を貸してくれないか?」
「ああ、構わない」
ダンに頼まれ、リストマッティは即座に快諾し、にっこり笑った。
そして、配下のラッセに指示を出し、ダン達を案内させたのである。




