第148話「運命の岐路②」
淡々と語る、リストマッティの話は筋が通っている。
整合性がある。
だが、決定的なモノが欠けている。
それは……これらの話を裏付ける証拠である。
当然それは、リストマッティも分かってはいるようだ。
「……いくら私が、創世神様に誓ったからと言って……大抵の者はこれらの話を信じはしない……デックアールヴに都合の良い作り話、または妄想だとな」
「…………」
「だが、誰もがすぐに理解してくれる。明確な証拠がある」
「…………」
「第一に、世界から忌み嫌われるデックアールヴ……呪われたダークエルフなどと、自ら名乗る者は絶対に居ないという事」
「…………」
確かにそうだ。
誰もがわざわざ、自分を貶め、窮地へ追い込むなどしない。
納得出来る。
「第二に……英雄の迷宮で命の危機に陥り、私達に助けられ、話しても……一緒に居ても、暮らしてみても……伝承のように、死んだり、呪われたりはしないという事」
「…………」
「以上2点の話と、私達の風貌を見た、大抵の者は信じてくれる」
「…………」
リストマッティの示した証拠に、ダンとエリンは納得する。
ふたりが出会い、暮らしてからの出来事がはっきり物語っている。
ささやかだが、幸せで楽しい日々がずっと続いたのだから。
一方、小さく頷いているヴィリヤも、全く同じ気持ちらしい。
今や、ヴィリヤは……
エリンが、とても大切に思えるから。
いつでもどのようなときにおいても必ず支えてくれる、大事な大事な友なのだ。
もう絶対に手放せないと、心の底から強く感じてしまうくらいに。
ダン達から反論がない、そして3人の表情を見て、満足したのだろう。
リストマッティは、嬉しそうに微笑んだ。
「更に、別の証拠もある。また話が長くなるのだが、ぜひ聞いて欲しい」
「…………」
「ラッルッカ達と別れた私達の先祖は……必死に考えた。どうしたら地上へ戻る言が出来るのかと」
「…………」
「最初は死を覚悟し戦ってでも、自分達の住む土地を取り戻し、新たな祖国を勝ち取ろうと考えた。つまり戦争をしようと……」
「…………」
「だがすぐに、それは愚策だと気が付いた。殺し合って勝利を勝ち取っても、輝かしい未来などはないと」
「…………」
「それに子供でも分かる別の理由もある……私達デックアールヴは、地上の者に比べ、数が絶対的に少ない」
「…………」
「個々の能力は優れていても、所詮数には勝てない。戦い続ける為の物資もなく、すぐ力尽きるだろう」
「…………」
「勝算がないまま、無理やり世界を戦いに巻き込んだら……それこそ、永遠に逆賊の汚名を着る。戦う相手だって、リョースアールヴ以外の種族には恨みも何もない。不毛な戦いだ」
「…………」
「どの種族と戦っても……数で劣る私達は負ける。負ければ、容赦なく全員が殺され、完全に滅びるだろう。下手をすれば、ラッルッカ達へも害が及び、一族全てが死に絶える……」
「…………」
エリンは唇を噛んだ。
リストマッティは知らないようだ……
ラッルッカの子孫と仲間達は殺され、ひとりしか生き残っていない。
もうエリンしか……残ってはいないのだ。
「万が一、生き延びる事が出来たとしても……全ての種族から永遠に追われる。ずっと逃げながら、戦い続けなくてはならない……不毛で悲惨な暮らしとなる」
「…………」
「かといって……このまま、地上に紛れ込もうとするのも、難しい」
「…………」
「純血のデックアールヴは……ひと目で分かる、独特な風貌をしているからだ」
「…………」
リストマッティの話を聞きながら、エリンは納得し、ため息をついた。
そう……
自分の容姿は、ひと目で分かる独特のものだった。
人間の住む王都にも、他でも見当たらなかった。
「散々考え、試行錯誤の上……行きついた唯一の答えは……融合だった」
「…………」
「融合……すなわち他種族と血を交わり、見た目も中身も、デックアールヴではなくなる事……そうなれば誰も私達だとは分からない」
「…………」
「種族としてのアイデンティティを捨てるのは誠に辛く耐え難い。だが……悲願達成の為だと思い切った」
「…………」
ダンの推測は……やはり当たっていた。
デックアールヴ達は様々な種族と交わり、風貌と能力を変え、地上に戻ろうとしていたのだ。
ここで、リストマッティは含み笑いをした。
どうやら、苦笑のようである。
「しかし、他者を迎え入れる手立てがない事も気が付いた。アイデンティティを捨てるという、死ぬ思いで覚悟し決意した事なのに……」
「…………」
「先ほども言った通り、私達がそのまま地上に出れば、この風貌ですぐに分かる」
「…………」
「……呪われた民ダークエルフと蔑まれ、全種族から迫害され、果てに皆殺しにされるかもしれない」
「…………」
「……一体、どうすれば良いのか? 先祖達は、頭を抱え込んでしまった」
「…………」
「忸怩たる思いを持ち、悩み葛藤しながら、有効な手立てがなく何も出来ず……また長い月日が流れた」
「…………」
「そんなある日……国を拡張する作業をしていた先祖達は偶然、何者かが作った……石造りの、古ぼけた迷宮を見つけたのだ」
「…………」
「それこそ、後に『英雄』と呼ばれる迷宮だった」
「…………」
「……今や、君達が人喰いとも呼ぶ……おびただしい数の魔物が跋扈する迷宮なのだ」
「…………」
「迷宮には地上から、様々な種族の冒険者が探索の為に降りて来ていた。隠された貴重な財宝を獲得する為に」
「…………」
「怖ろしい罠が張り巡らされ、強靭な魔物が跋扈する迷宮では遭難し命を落とす者が絶えなかった……探索者にとっては地獄のような場所とも言えた」
「…………」
「逆に! 私達は喜んだ。この迷宮の存在は、まさに天の助けだと!」
「…………」
「何故ならば……目指す地上へも繋がったこの迷宮は、長きに亘った私達の悩みを一気に解消してくれるからだ」
「…………」
「私達にとってもけして安全な場所ではない。だが迷宮の効用は画期的といえる。地上への出入り口を確保したと同時に、新たな仲間も得られると考えた」
「…………」
「命の危機に瀕した者を助け慈しみ、説得すれば……私達の境遇を理解し、仲間に、同志になってくれる可能性がある、新たな民を増やせるかもしれないと考えたのだ」
「…………」
「私達は早速、我が国と迷宮を、様々な仕掛けを使い、つなげた。そして瀕死に陥った者の命を救い、困窮した者へ手を差し伸べた」
「…………」
「いろいろ障害はあった。だが結果的には思惑通り上手く行った。命を救われた恩を感じた者がこの地へ残り、僅かずつだが民は増えて行ったのだ」
「…………」
「どうしても地上へ帰りたい者、誤った因習を信じ説得に応じない者は特別な魔法で記憶を消し、迷宮へ戻したがね……」
「…………」
「こうして……私達は新たな種族となる、第一歩を踏み出したのだ」
「…………」
「そんなある日、大きな転機が訪れた」
「…………」
「地の底へ追われ……長きに亘り彷徨える私達にとって、本当に大きな転機だったのだ」
リストマッティはそう言うと、大きく息を吐いたのであった。
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