第144話「俺は嫁を守る」
先頭を歩いていたダンが……
魔法で開いた『扉』の前で、ぴたっと歩みを止めた。
そして両手を大きく広げ、後から来るエリンとヴィリヤへも止まるよう促す。
ふたりは一瞬驚いたが、顔を見合わせて頷き、ダンと同じように歩みを止める。
「む! な、何故、止まるのだ? 早く来い」
と同時に、行進を促す『ソウェル』、リストマッティの声が響いた。
ダンの行動が理解出来ない!
そんな疑念の声である。
そして、リストマッティはなおも促す。
「ダン殿、貴方の眷属達は……もうこちらへ着いている。危険は……何もないぞ」
リストマッティの言う通り、安全の為、ケルベロスと火蜥蜴には先行して貰っていた。
タイミング的にはもう、『先方』へ着いている筈である。
そしてリストマッティは、ダンの魔法で転移したケルベロス達の出現を確認したようだ。
しかし、ダンは首を振る。
「いやいや、俺達はそんなに脇が甘くない」
ダンはそう言うと、背後からついてくるエリンとヴィリヤへ、
広げた手を「ひらひら」振った。
敢えて後ろを振り向かず、身体を進行方向へに向けたままで。
嫁ふたりへ「そのまま待機しろ」という指示だ。
そこへまた、リストマッティの声が、
「脇が甘くないだと? それはどういう意味だ?」
「言葉通りさ。『うかつ』じゃないとも言うけどな」
「何! ここまで来て、この私を信用してくれないのか? ダン殿の出した条件は全て呑んだ筈だ」
信用?
抗議するリストマッティへ、ダンは思わず苦笑し、再び首を振った。
「信用? 何言ってる?」
「な、何だと?」
「おい、リストマッティ。これから俺達は、あんた達の下へ行くんだ。いわば完全な敵地、アウェーだ」
「むむ、今更……そんな事は当たり前だろう」
「いや、今更でも、当たり前でもだ」
「…………」
「俺には……ケルベロスの魂経由で、そちらの様子が見えている」
「な、何!」
「ほう! これは意外だ。屋内ではなく、屋外。それも広々とした石造りの場所だな?」
「な! こちらが見える? 眷属と視覚を共有しているのかぁ?」
ダンの言葉を聞き、リストマッティは大いに驚いた。
魔獣と精霊を配下として従えるだけでなく、己の目のような、視点としても使っているからだ。
今迄、行使した魔法で認識はしてはいたが……
「ダンはやはり相当な術者なのだ」という実感を、改めて覚えた感嘆の反応といえる。
対して、ダンは華麗にスルー。
更に現場の説明をする。
「何か、変だぞ。そこは円形をした闘技場のような場所じゃないのか? 周囲が凄く明るいのは……強力な魔導灯を使っているのか?」
「むう!」
「成る程、客席数も相当ある。やはり闘技場だ。しかしあんた達の姿は……ないぞ。どこか離れた場所に身を隠しているな?」
「むむむ!」
ダンの問いかけに対し、答えを戻せず、リストマッティは犬のように唸った。
そんなリストマッティへ、ダンは追い打ちをかける。
「何だよ? ずるいじゃないか?」
「…………」
「自分達は見えない安全な場所に居る。片や俺達は遮蔽物のない丸見えの場所へ転移させられて、いきなり攻撃魔法でズドン! 一方的に集中攻撃……って事もありえるよな?」
不敵な笑いを浮かべ、からかうようなダンの物言い。
リストマッティは、さすがに気分を害したようである。
「ぶ、無礼な! 私はソウェルだ! そ、そんな卑怯な真似はせぬ!」
リストマッティは、懸命に抗議をした。
しかし、ダンは譲らない。
「おいおい……何を根拠に、あんたの言葉を信じれば良いんだ? うかつに行って命を失い、後悔してからでは遅いだろう?」
理屈では、完全にダンが勝っていた。
確かに、油断して命を失っても、死んだ方が悪いと断言されてしまうだろう。
リストマッティは、どう返して良いのか言葉が出ず、黙り込んでしまう。
「…………」
そんなリストマッティに構わず、ダンは話を続けて行く。
「俺は、自分の家族の安全を第一に考える。絶対に嫁達を守る」
「…………」
ダンにとっては、まず家族の命が大事!
という気持ちである。
実は冒険者の中に、リアーヌの兄が居るのだが、ダンは敢えてその事に触れなかった。
そしてリストマッティはといえば、先ほどから、ずっと無言なのである。
「…………」
「リストマッティ。あんたがこのままどこかに隠れ、何もしないというのなら、それでも構わない。勝手にケルベロス達に探索させる」
「…………」
「まあ、隠しても無駄だ。そっちに居る冒険者達の所在は、すぐ分かる」
「…………」
「さて、どうするかね?」
ずっと無言だったリストマッティであるが……
ダンに急かされ、考えがまとまったようだ。
「……分かった! ではこうしようか。ダン殿、貴方の探している冒険者と共に、私も闘技場のフィールドで待っていよう」
「ソウェル!」
覚悟を決めた主の言葉を聞き、泡を喰ったのが、傍らに居るらしい部下のラッセである。
ダンが家族を心配するように、ラッセにとっても主の身の安全が気にかかるのだ。
しかしラッセの懸念を振り切るように、リストマッティは叫ぶ。
「ラッセよ、構わない! 初対面の相手から信頼を得るのは、生半端な事では無理なのだ。彼くらいの術者なれば尚更の事だ」
信頼を得る。
その為の誠意を、自らの行動で見せる。
相手の実直さに触れたダンは、一転真剣な表情となった。
「よし、分かった! リストマッティ、あんたの覚悟をしかと聞いたよ」
「分かってくれたのか?」
「ああ、約束しよう。そちらが出張ったのを確認したら、俺が行く」
「ありがたい! ではすぐに準備をする」
いよいよ謎の存在達と向き合う。
行方不明の冒険者達と対面する。
真面目な面持ちのダンの後で、エリンとヴィリヤは顔を見合わせる。
そして同じく引き締まった表情で、大きく頷いていたのであった。
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