第135話「圧倒」
人喰いの迷宮下層、地下9階……
殺気に満ちた空間を、ダンがひとり「すたすた」と歩いて行く。
エリンとヴィリヤを残し、単独で敵と戦う為に。
迎え撃つは、オーガの最上位種オーガエンペラー率いる『オーガ部隊』の20体余り……
捕食者であるオーガ達は……
たったひとりで立ち向かう、恐れを知らないダンに向かって、当然の如く威嚇し咆哮する。
常人なら、身もすくむような声である。
しかし、ダンは全く臆さない。
表情は穏やかなまま、歩みも止まらず、防御の構えもしない。
ごあはあああっ!!!
「舐めるな、人間め! もうたまらん!」とばかりに、オーガが一体だけ、走り出した。
そしてダンの前に駆け寄ると、鉛色をした巨大な拳をぶつけるように繰り出した。
並みの冒険者なら、ひとたまりもなく、肉体が粉砕されてしまう。
つまり、バラバラに弾け跳んでしまうだろう。
だが……そうはならなかった。
ばちん!
いきなり、何かを思いっきり、平手で叩いたような音がした。
信じられない光景が展開していた。
何と!
ダンは左手だけで、オーガの拳を受け止めたのだ。
『旦那様!』
『ダン!』
思ってもみなかった、ダンの反撃……
目の当たりにした、エリンとヴィリヤが魂で叫ぶ。
ふたりとも驚愕し、目を丸くしていた。
圧倒的に強いダンに対する、感動と頼もしさが、ふたりの身体を包んでいる。
エリンは命を助けて貰った時の感動が、ヴィリヤはいつも神託をやり遂げる頼もしさを……
一方、思い切り力を込め、振るった拳を止められたオーガは……
「信じられない!」と、まるで人間のように驚き、声のない悲鳴をあげた。
瞬間!
ダンの右手がオーガの腹に吸い込まれ、重い音を発した。
見た目とは裏腹、とてつもない力により、身長3mを楽に超えるオーガが、呆気なく吹っ飛ぶ。
そして、戦いの行く末を見守っていたオーガエンペラー達の足元まで、地響きを立てバウンドして転がって行くと……
そのまま「ぴくり」とも動かなくなってしまった。
ダンの一撃を喰ったオーガは、既に絶命していたのだ。
仲間が殺された!?
こんな人間に?
微妙な静寂が、暫しその場を支配した……
だが、それは戦いのインターバルでもあった。
ごがはああああああああっ!!!
ぐおあああああああああっ!!!
オーガエンペラー以下全てのオーガが、「仲間の仇!」とばかり、一斉に咆哮し、「どっ」とダンへ迫って来た。
すると、ダンの身体がぶれたように消える。
そして、
ぶしゃ!
どっ!
ぐしゃ!
肉を打つ音、破砕する音、断末魔の悲鳴が辺りを満たした。
そして先ほどと同じように、迷宮の床を鳴らす大きな地響きも。
オーガ達はあまりにも速い動きで自分達を圧倒する敵――ダンにより、次々と倒されていったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
配下のオーガ達は全て、あっという間に倒された。
……残ったのは、オーガエンペラーのみであった。
今、ダンとオーガエンペラーは一対一で対峙している。
一般的に、オーガの知能は低い。
上位種であるオーガエンペラーは、少しだけましだ。
魔物のオーガにも、さすがに恐怖の感情くらいはある。
今戦っている相手が、もし人間ではなかったら……
例えば、巨大で強靭なエンシェントドラゴンか、何かだったら……
オーガエンペラーは怯え、とっくに逃げ出していただろう。
だが、目の前に居るのはたったひとりの人間だ。
それも、美味そうな女ふたりを連れた華奢な人間なのだ。
所詮は……『餌』の筈。
その本能的な先入観が、オーガエンペラーの恐怖を和らげ、その場に踏み止まらせていた。
ごがはあっ!
オーガエンペラーは咆哮する。
相手の人間が、動じない事は分かっていたが……
威嚇せずにはいられない。
普通は怯え、逃げ出す筈……
だが目の前に居る人間は腕組みをしたまま、悠然と自分を眺めていた。
やがて人間――ダンの口が動くと、ゆっくり言葉が発せられる。
「悪いが……餌にはならない」
ダンが静かに語るのは、オーガエンペラーへの引導宣告に等しい。
があああああっ!!!
オーガエンペラーは、ひときわ大きく咆哮すると、ダンへ向かい最後の突進をした。
並みのオーガの倍近くある巨体が軽やかに、迷宮の床を移動し、ダンへ迫ったが……
ひきつけるだけ、ひきつけてから、ダンはあっさりオーガエンペラーの拳を躱すと、がら空きになった腹へ、渾身の一撃をぶち込んでいたのであった。
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