第132話「宝箱①」
人喰いの迷宮に入ってから、エリンには、ずっと気になっている事がある。
冒険しながらも、ずっとずっと気になっているのだ。
それは何かと言えば……
『ねぇ、旦那様。またスルー?』
おねだりポーズで、エリンが聞いても……ダンは素っ気ない。
『ああ、要らん。こんな浅い階、どうせ大したものなんて入っていない』
『ふうん…………』
そして、
『ねぇ、旦那様。やっぱり……スルーなのぉ?』
『ああ、スルーだ。俺達は先を急ぐ。第一、ウチのクランには専門のシーフが居ない』
『確かに、そうだけど…………』
という不毛な会話が、ダンとエリンの間で何度も何度も繰り返され……
さすがに見かねたヴィリヤが、
『ねぇ、ダン。今回も放置なのですか?』
と、聞いても……
『ああ、放置。それで決定』
あえなく、きっぱりと返されてしまった。
この不毛な会話が、何故何度も繰り返されているのか?
……実は、迷宮につきものの『宝箱』に関してなのである。
迷宮を探索していると、宝箱を見つける事がある。
床に固定されていたり、魔物が大事そうに抱えていたり……
人間も、エルフことアールヴも、そういった『戦利品』に興味がある事に変わりはない。
しかし……
ダンが宝箱を『無視』するのには理由がある。
今回の、探索の目的が調査と救助である事。
浅い層の宝箱の中身は、価値があまりない物が殆どな事。
そしてダンが言うようにクランに本職のシーフが居ない事等々。
諸々の理由で、見つけた宝箱は完全スルーなのである。
中でも、シーフの不在が、理由として最も大きかった。
3人とも、基本的には魔法使いだから。
ところで、その『シーフ』だが……
元々の言葉は、『泥棒』を意味する。
だが『クランにおけるシーフ』は、全く意味合いが違う。
戦士に比べ、戦闘力はそこそこだが、どのメンバーより先んじて偵察&探索を担う立ち位置なのである。
まあ、一応、クランにシーフ役は居る。
ダンの従士であるケルベロスに、偵察兼務の『シーフ』をやって貰ってはいる。
とはいえ、ケルベロスには『ある役目』が果たせない。
基本は、盾役兼攻撃役なのである。
だが、シーフにはもっと重要な役目がある。
それが、ケルベロスには果たせない役目なのだ。
そもそも……
冒険者は何故クランを組み、迷宮へ潜るのか?
それは魔物と戦い、自身を強くなるよう鍛える為?
……正解である。
更に、もっと大きな理由がある。
それは迷宮で大きく稼ぐ為、レアなお宝ゲットを目指すからだ。
お宝を、ゲットする方法は様々だ。
ダン達を襲ったルーキーキラーのように、同胞を襲って強盗の如く奪うのは論外だが……
不幸にも斃れた、冒険者の遺品を貰うのは基本問題がないとされていた。
また倒した魔物が「落として行く」とかも良くある。
それ以上に、ポピュラーなのが『宝箱』なのである。
この宝箱から貴重な『お宝』をゲットするのが、一番分かり易く確実な方法なのだ。
しかし宝箱は、おいそれと『お宝』を提供してはくれない。
当然ながら、しっかり施錠されているし、その鍵自体、複雑な構造で簡単には開かない。
その上、もっと厄介な事がある。
殆どの宝箱に、えげつない罠が仕掛けられている。
冒険者に対し、強烈なダメージを与え、死に繋がる致命傷に至る場合もあるのだ。
こういった罠は……鍵を壊したり、無理やり開けると発動する。
例えば……
爆発したり、毒霧が吹きだす。
魔法により、眠らされたり、麻痺させられたり、石化させられたり……
とんでもなく大きい音が鳴り響き、周囲の魔物を呼び寄せたりもするのだ。
こういった、酷い目に遭わない為に、シーフの出番となる。
宝箱の鍵を開錠するのは勿論、罠の種類を判別、そして解除するのが、シーフの役目なのである。
他の職業で、シーフと同様に宝箱を安全に開けられる者は皆無に等しい。
戦闘力が高くないシーフを、どのクランも抱えるのは当たり前だといえよう。
話がだいぶ、遠回りになってしまったが……
こうした事から、ダン達はずっと宝箱をスルーして来た。
だけど……
一体、宝箱の中に何が入っているのか?
人一倍、好奇心旺盛なエリンはもう我慢が出来なかった。
『ねぇ! もういいかげん宝箱を開けたいっ、ヴィリヤもそう思わない?』
エリンから聞かれ、ヴィリヤも「ぶんぶん」と何度も頷く。
『確かに、気になります! ねぇ、エリンさん、シーフが居なくても何か方法がある筈ですよねっ?』
『そうそう!』
もう100%どころか、120%……エリンとヴィリヤは意気投合していた。
「がっつり」と、タッグを組んでいる。
ふたりに、仲良くなって欲しいダンは喜ばしい!
そう、確かに喜ばしいのだが……この場合は、複雑だ。
『…………』
黙り込んだダンへ、容赦ない『口撃』は続く。
『ねぇねぇ、旦那様ぁ!』
『ねぇねぇ、ダン!』
『…………』
『開けろ! 開けろ!』
『そうだ! そうだ!』
度重なる口撃に、とうとう……ダンは折れた。
『分かった……』
『やったぁ! お宝ゲットだぜぇ!』
『やりましたね、エリンさん』
エリンとヴィリヤは、思わず抱き合って喜んだのである。
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