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第125話「エリンとヴィリヤ①」

「はっ!」


 短い気合の声と共に、ダンの剣が一閃した。

 否!

 正確にいえば、一拍に二度の攻撃があった。

 あまりの速さに、常人の目にはそう映らない。


 大蟷螂の両前足は見事に切り離され、迷宮の床へ落ちる筈だった。

 その瞬間。

 「ふっ」と、前足は消えてしまう。


 ダンが大蟷螂のカマを『回収』したのである。

 あの、空間魔法を使って作った収納の鞄へ。

 こうして、戦いの目的はおおよそ達成された。


 あまりの早業に身体を動かせず、ぶるぶると身もだえる大蟷螂。

 相手を一瞥したダンは、思いっきり後方へ、跳び退すさった。

 打合せした作戦通り、『撤退』したのだ。

 撤退と同時に、念話で指示も為されている。


『今だ! ケルベロス! 火蜥蜴サラマンダー!』


 冥界の魔獣から、そして火の精霊達から、灼熱の炎が放射される。


 ヴィリヤの魔法で身体がカチコチに強張り、エリンの魔法で足元の自由を奪われ、更に最大の武器『鎌』も奪われた大蟷螂。

 最早、全てを焼き尽くす猛火を避ける手立ては残されていなかった。

 あっという間に消し炭となってしまったのである。


 戦いは1分ほどで終わった……


 これでダンが無事に戻って来る。

 絶対に大丈夫と思いながら、見守っていたエリンとヴィリヤには一抹の不安もあった。


 桁違いな勇者であっても、マスターレベルの魔法使いであっても、神ではない。

 それ故、全てにおいて完全完璧ではない。

 万が一……という事もある。


 しかし、今回は大丈夫だった。

 今迄あった不安が完全に解消され、エリンとヴィリヤは安堵の息を吐く。


 待つふたりを安心させる為に、ダンが手を振っている。

 笑顔で手を振っている。

 エリンもヴィリヤも応え、大きく手を振り返す。


 迷宮に入ってから、エリンとヴィリヤには感じている事がある。

 それは自分と仲間の命の確保、全員が協力して生き延びるという実感。

 生き延びる為には、戦いにおいて、絶対に勝ち残らねばならない。


 そして……

 今回も運良く勝ち、全員が怪我もなく、無事生き延びた。

 生きようとする己の命があり、傍らに愛する人の笑顔もある。

 『人』として、一番大切な『もの』を、エリンとヴィリヤは迷宮で学んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 大蟷螂を退けたダン達は、更に数回戦いを重ねた後、暫しの休憩に入っていた。

 そもそも迷宮において休憩に適した場所はそう多くはない。

 例えれば、山城を築く場所に似ている。

 敵から攻められ難く、守り易い場所。

 

 少し探して、やっと見つかった。

 見通しが良い広々とした部屋の一角……

 外部への通路が3つなので、万が一何かあれば退路も確保出来る。

 休むダン達の背後には強固な壁があり、前面3方だけに神経を集中すれば良い。


 休憩以上に、気を遣ったのはトイレであった。

 何せ、用を足す瞬間が一番無防備なのだから。

 当然、迷宮にトイレなどない。

 安全と思われる場所を見つけ、さっさと済ませるしかない。


 魔法等で索敵をしていれば、いきなり襲われる事はないと思うだろう。

 だが、いくら索敵をしていても、敵は突如現れる事もある。

 転移魔法か、それに準ずる手段なのかは、不明なのだが……


 クランの中でも、ダンは平気だ。

 ひとり暮らしのせいもあったが、自宅でさえ、『トイレなし』で過ごしていたから。

 加えて、冒険者になってからは、何度も迷宮に潜り、慣れてもいた。


 問題の女性陣であるが……

 まずエリンは覚悟を決めていたし、平気だ。

 以前、ダンに見守られながら、畑の片隅で用を足した事もあるから。

 だから逆に、ダンに見ていて欲しいとねだった。


 片や、ヴィリヤはさすがに抵抗があった。

 いくら大好きなダンであってもだ。

 彼の前で用を足す姿など見られたくない!


 ……かといって、ひとりきりで用を足すのは自殺行為である。

 仕方なく、同性のエリンに見ていて貰った。

 それがまた皮肉な事に……

 エリンとヴィリヤの『距離』を大幅に縮めたのである。


 3人は生身だからトイレにも行くが、睡眠もとる。

 かといって安全上、全員一緒には眠れない。

 ケルベロスと火蜥蜴は起きて、番をしていてくれるが……


 話し合いの結果、交代で睡眠をとる事となり、先にエリンとヴィリヤが眠った。

 ふたりとも、傍らでダンが見守ってくれていると思うと、危険に満ちた迷宮でもぐっすり眠れたのは不思議であった。


 そして今度はダンが眠る事になった。

 やがてダンは目を閉じ眠りに落ちた……

 規則正しいダンの寝息を聞いたふたりは顔を見合わせて笑う。


 そしてダンを起こさないよう、ふたりで話し始める。

 何となく、女ふたりで話したくなったのだ。


「ヴィリヤ……」


「何ですか、エリンさん」


 話し掛けて来たエリンへ、ヴィリヤは微笑む。

 気になる……

 一体、何を話して来るのかと。


「さっき大蟷螂を倒したダンの剣、二回、見えた?」


「いいえ……私には全く見えませんでした。凄い剣撃の速度ですね」


「そう……エリンには何とか見えたけど……あんな剣は絶対に使えない」


「…………」


 ヴィリヤは思う。

 自分には見えないダンの剣筋が、エリンには見えていた。

 と、いう事は、エリンは相当な腕前の魔法剣士だと。


 しかしエリンは、悔しそうに首を振る。


「ヴィリヤ、聞いて……エリンね……もっと強くなりたい」


「エリンさん……」


「ダンには出会った時から、いつも助けて貰っている。このままだと助けて貰ってばっかり、頼りっ放しになる」


「……エリンさん、私もそうです」


「だね。だから、強くなれるようお互いに頑張ろう」


「エリンさん……」


「うん! クランフレイムのメンバーは皆、生きてる。絶対に助けたい、あの変なのが裏で糸を引いているに決まってるよ」


 ヴィリヤは勇気付けられる。

 やはりエリンは前向きだ。

 多分、ヴィリヤよりも、ずっとずっと辛い人生を送っているだろうに。


 ヴィリヤは軽く息を吸い込む。

 そして吐きながら、一気に言う。

 告げる言葉に、勢いをつけるが如く。


「エリンさん、貴女を見ていると私の励みになります」


「え?」


 驚くエリンを、ヴィリヤは真剣な眼差しで、じっと見つめていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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