第124話「消えない違和感」
地下6階でいくつかの戦いを経たダン達は、地下7階へ降りた……
少し進んだところで、結構な強敵に遭遇する。
それは昆虫であったが、地上と同種のものが超が付くほど大型化した大蟷螂である。
幸い、出現した数は一体だけであったのだが、大きさが半端ではない。
体高は1m、そして体長は……3mを楽に超えていたのだ。
地上に生息する普通の蟷螂は、種類にもよるが、大きくても体長10㎝そこそこ。
なので、異常というか、信じられないくらいの巨大さである。
この大蟷螂、何者かが意図的に、魔法か妖しい術で造り出したのか……
それとも、この迷宮で自然に繁殖したのか……
ここまでのサイズになった原因は、全く不明である。
地上の種同様、当然肉食であるから、人間は勿論他の魔物も喰らう。
迷宮内における、食物連鎖の上位に位置するくらいの捕食者なのである。
大蟷螂はダン達を認め、左右に羽を広げた。
目の前の『獲物』に対し、自分の身体を大きく見せて、威嚇しているのであろう。
そして、表情のない無機質な顔をこちらへ向けた。
否、昆虫でも表情は僅かにあるのかもしれない。
ダン達には、分からないだけで……
戦闘態勢に入った大蟷螂に対し、先陣を務めるケルベロスは低く唸って威嚇。
片や、クランの周囲を舞う火蜥蜴は、より明るく発光し、牽制する。
しかしダンは慌てていない。
どうやら、以前にも大蟷螂と戦った事があるらしい。
相変わらず威嚇し続ける大蟷螂を、軽く睨んでいる。
『エリン、ヴィリヤ、ちょっと良いか? あいつに対しては戦い方を変える』
『変える? 戦い方を?』
『ええっと、どのように……ですか?』
エリンとヴィリヤが、ダンへ喰い付いた。
ふたりとも冒険者として戦う事が新鮮らしい。
『分かっていると思うが、今迄の方法でも充分に戦える。なのに、敢えて変える理由を言おう』
『教えて、旦那様』
『私が冷気で凍らせて、エリンさんが岩で砕く……確かにダンの言う通り、今迄と同じ方法でも問題ないと思いますが……』
興味津々《きょうみしんしん》のエリン。
疑問を呈するヴィリヤ。
ダンは片目を瞑り、微笑んだ。
『いいか、そもそも冒険者ってのは、本来シビアなその日暮らしだ』
『その日暮らし?』
『???』
ツーと言えばカーと答えて欲しいダンではあるが……
エリンとヴィリヤのふたりは、王族と貴族。
上流階級の出身で、今迄生活に困った事はない。
ダンの言う、『その日暮らし』という言葉は、ピンと来ないようだ。
『冒険者はな、正当な理由があれば、金になりそうなモノは常に頂戴するって事さ』
『???』
『???』
ますます、首を傾げるエリンとヴィリヤ。
これでは、駄目である。
話は、全くの平行線。
理解される気配は、ない。
困ったダンは、遂に痺れを切らす。
『悪い! 言い方が回りくどかったな。早い話があいつのカマを回収し、ヴィリヤへ進呈する』
『え? あのカマをヴィリヤへあげるの?』
大蟷螂は武器となる、巨大なカマを持っている。
正確には、とげのいっぱい付いた前足だ。
エリンは吃驚。
そしてヴィリヤは、いかにも嫌そうという拒否の表情で、手を横に振った。
『ええっ!? 何故? あ、あんな虫の部位なんて要りませんよっ、気持ち悪い……』
『ヴィリヤ、まあ、そう言うな。あいつのカマは武器用の好素材で、売れば結構な金になる。今回お前の屋敷で拝借した装備の代金が、少しは返せるって寸法だ』
『へぇ! あのカマって売れるんだ? あ、成る程!』
エリンは納得。
「ポン」と手を叩くが……ヴィリヤはといえば、相変わらず渋い顔である。
『そんなの、気にしないで良いのに……あなた達からお金なんか受け取れないわ』
ヴィリヤはそう言うが、ダンは基本的に義理堅い性格なのである。
『いやいや、金は大事だぞ。儲けられる時に確実に儲けるのが冒険者の心得さ。だからあいつを凍らせて粉々にするのは、無しなんだ。鎌の価値がゼロになっちまう』
エリンは楽しそうに聞いている。
そして悪戯っぽく笑う。
『了解! 売れそうな部位を取るのなら、旦那様が火の魔法で燃やすのも無しだよね』
『ああ、その通りだ。しかしカマを貰えば残りは用無しだから……燃やしちまう。そうじゃないと、あいつは不死者になる……蟷螂の不死者なんてぞっとしないだろう?』
ふざけたダンが両手を鎌の形で構えると、エリンとヴィリヤは顔をしかめ、同意する。
『うっわ、嫌だ、それ、考えたくない』
『確かに! 想像もしたくありません』
やっと、エリンとヴィリヤの意見が一致した。
更に、エリンがぽつり。
『でもエリン……あんな虫……初めて見たよ』
『え? 初めて?』
エリンの言葉を聞き、ヴィリヤはまた違和感を覚えた。
そして傍らのエリンを見ると、羽を広げて威嚇する蟷螂を、物珍しそうに見つめていた。
確か……
エリンはスライムを見た時も同じ反応をしていた。
どこにでも居るスライムを……
そして、この蟷螂も……
さすがに、こんな巨大な魔物は地上に居ない。
だが、『普通サイズの蟷螂』はありふれている。
なのに、何故……こんなに珍しがるのだろう?
エリンの育った土地って……どこだろう?
さっきから、違和感が消えない……
どうしても……
そんなヴィリヤの想いは、ダンの念話で破られる。
『さあ、対大蟷螂の作戦開始だ。指示を出すぞ』
『了解!』
『は、はいっ、りょ、了解!』
エリンは「打てば響く」という返事をしたが、ヴィリヤは大いに噛み、無理やり思考を切り替えたという感がありありである。
ダンは知ってか知らずか、「にこっ」と笑い、ヴィリヤへ言う。
『まずはヴィリヤ、今迄通り氷化の魔法を使え。但し、威力を少し抑え、奴を完全に凍らさずに動きを止める程度でな』
『氷化魔法を弱めにですか?』
『その通り! もう何度も発動しているから、制御は完璧だな?』
『は、はいっ!』
返事をしてから、ヴィリヤは軽く頭を振った。
今は違和感の事を考えるなど、後回しにしないと。
それより、目の前の戦いに集中せよと、己を叱咤したのだ。
更にダンは、エリンへと告げる。
『次にエリン、お前もヴィリヤ同様、奴の足止めをやってくれ。ローランド様に使った地の魔法、【大地の束縛】で蟷螂の動きを封じ込めるんだ』
『旦那様、了解!』
『よっし! ふたりが蟷螂の動きを止めたその隙に、俺が剣で奴のカマを切り落とす。落としたカマを回収したら、ケルベロスと火蜥蜴が奴を速攻で焼却する。それで作戦完了だ』
役割分担は明快である。
エリンとヴィリヤは、ダンの説明により、これから行う作戦を完全に理解した。
全員で協力し、化け物みたいな蟷螂を倒すイメージが、しっかりと湧いている。
『了解!』
『了解!』
後は……ダンの発する作戦開始の合図を待つばかりだ。
『よっし! 良いか? ……作戦、スタート!』
頃合いを見計らい、ダンはクランメンバー達へ戦いの合図を出したのであった。
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