表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/191

第122話「価値観」

「絶対に! 絶対に! 許せないっ!」


 ヴィリヤの怒りは凄まじかった。

 今迄、ダンにも見せた事がないものだ。


 このように……誰にでも逆鱗は存在する。

 逆鱗とは、竜の顎の下にある逆さに生えた鱗である。

 ここでいう竜は西洋の竜と違って東洋の竜の事。

 東洋の竜は伝説の神獣。

 普段は大人しい性格で、人に害を為す事はないらしい。


 しかし!


 81枚ある鱗の中で、逆鱗に触れるのだけは禁物なのである。

 もし触れれば、竜は激怒し、触れた者を容赦なく殺すというのだ。


 エリンの逆鱗は……

 一族を惨殺した悪魔と、オークを始めとしたその眷属。


 そして、ヴィリヤの逆鱗は……

 敬愛する祖父と自分の拠り所である誇り高き旧き家……

 それをおとしめられた……

 謎めいた存在から、ふたつの大切な宝物を貶められたから。


「あいつ、殺すっ!! ぶち殺すっ!!!」


 ヴィリヤの怒声が、迷宮に響き渡る。


 ダンはエリンをじっと見た。

 先ほどの『約束』を履行するよう促したのである。


 ダンとエリンが交わした約束……

 それは我を失ったエリンを助けたヴィリヤが、万が一辛くなった時に……

 逆にエリンが支えてやるというものだ。


 だが、エリンは首を横に振った。

 とても辛そうな表情である。

 首を振ったのは、「これだけは、出来ない」という意思表示だ。

 悔しそうに、歯を噛み締めている。


 ダンは知っている。

 エリンは真っすぐ過ぎる性格で、約束はしっかり守る。


 しかし、『これ』だけは駄目だ。

 

 今のヴィリヤを支える為には、エルフの一族を認めなくてはならない。

 素晴らしいと、称えなくてはならない。

 ダークエルフがエルフを「認め、称える」など……出来ないのだ。


 ダンは微笑み、頷く。

 これまでの経緯から、エリンが拒否したのは、仕方がないと思ったのである。


 エリンが、エルフ――アールヴ一族全体を受け入れる為には……

 納得させる理由が、もっともっと必要である。

 ヴィリヤひとりの献身くらいでは、全然足りないのだ。


 こうなったら……

 エリンに代わって、ダンがヴィリヤをなだめ落ち着かせるしかない。

 

 そのヴィリヤは悔し泣きをし、地団駄まで踏んでいた。


「ダンっ! 悔しいよう! 腹が立つよう!」


「そうだな、ヴィリヤ」


「そうよっ! お祖父様は私の誇りなのよっ! 日々、皆の為に働いてるっ、ろくに寝ないで一生懸命に働いていらっしゃるのっ!」


「…………」


「アールヴの為にっ! そして人間の為にもっ! お祖父様はっ! み、身を粉にして働いていらっしゃるわっ!」


「…………」


「それを知りもしないでっ! あいつに、何が分かるというのっ!!!」


 ヴィリヤが、ひときわ大きく叫んだ瞬間。


「すまない」


 届いた謝罪の声。

 ハッとしたヴィリヤが見れば、ダンが頭を下げていた。

 かたわらのエリンも、吃驚して見守っている。


「え? ダンが? 何故謝るの?」


 戸惑うヴィリヤが尋ねると、


「いや、俺もお前の祖父がどのような方か、知らないからな」


 ダンが祖父を知らない?

 そんな!

 

 ヴィリヤは、ダンへ何度も話した筈だ。

 祖父ヴェルネリ・アスピヴァーラの素晴らしさを。

 アールヴ史上、最強と謳われる英雄の事を。


「ええっ!? だ、だって話したでしょ、私からっ! お祖父様の事はっ!」


「ああ、確かにお前からは聞いた。だが実際に会った事はない」


「う…………」


 ……ダンの言う通りだ。

 確かに祖父とダンは会った事がない。

 いつか引き合わせようとは思っていたのだが……


 そんなヴィリヤの気持ちを読むようにダンは言う。


「だから、この迷宮の探索が終わったら、会おう。そしてお前の祖父と話そう」


「そ、それって…………」


「お前が誇りにする祖父。素晴らしいアールヴのソウェルに、俺は会ってみたくなったからだ」


「…………」


 ダンが祖父ヴェルネリと会う。

 一族の長ソウェルと会う……

 もしかしたら……何かが起こる。

 ヴィリヤは、そんな予感がした。

 期待、そして不安……


 そう思ったヴィリヤが見れば、ダンの表情は……変わらない。

 淡々と話している。


「会えば、俺は俺の価値観により、自分の判断をする。お前の祖父に対する認識が出来るだろう」


「ダンの判断……認識」


「ああ、お前が祖父を敬愛するのと、全く同じにならないかもしれないが……少なくとも今よりは理解が出来る筈だ」


「…………」


 確かに、論より証拠……

 出来るだけ早く祖父に会わせたい!

 ヴィリヤがそう思った瞬間。


 ダンが一転、悪戯っぽく笑う。


「うん! お前のお祖父さんは多分、悪い人じゃない……俺の勘がそう言っている」


「多分? 悪い人じゃないって!? 酷い! お祖父様は優しいし、素晴らしい人なのよっ!」


「ははは、期待しているよ」


「もう何よっ!」


 ヴィリヤはねながら、嬉しい。

 やはりダンと話すのは楽しい。

 大好きなダンと、もっともっと話していたい。

 謎の存在により損なわれた機嫌は、もう完全に直っていた。


 ここでまた、ダンが真面目な顔付きとなる。


「ヴィリヤ」


「何?」


「物事はな、いろいろな人が違う角度から見ると、違った趣き、受け取り方になる場合がある。そうなると異なる見方、考え方、意見が生じて来る。それが各々の価値観に直結するんだ」


「…………」


 ダンはまた何かを教えてくれそうだ。

 ヴィリヤの表情も真剣になる。


「例えれば……そうだな、狼と兎なんてどうだ?」


「狼と兎?」


 何だろう?

 唐突に?

 動物の話をするなんて?

 ヴィリヤは、怪訝な眼差しを投げる。


 対してダンは、


「狼から見れば兎は単なる食料、つまりは餌。逆に兎から見れば狼は怖ろしい敵だ」


「ええ、そうね。兎は増えすぎると農地を荒らすから困るけど……可愛いわ」


「狼はどうだ?」


「狼は怖ろしいわ……群れで襲って来る……下手をすればアールヴや人間も殺されるわ。私は魔法があるから大丈夫だけど……」


 そう……

 狼は怖ろしい肉食獣だ。

 だがマスターレベルの魔法使いならば、単なる獣。

 所詮、敵ではない。


「そうだな、俺もヴィリヤと同じだ。しかし狼を強さの象徴として称える者も居る。彼等から見たら、狼は神か英雄に等しい。俺達と見方が全然違う」


「……そ、そうかもしれない」


「ならば、分かるだろう? さっきのあいつも一緒さ」


「え? だ、だって……」


 納得がいかない!

 何故狼と兎の話と、さっきの『あいつ』が同じなのだろう?


 そんなヴィリヤの疑問に、ダンは答えてくれる。


「同じさ。多分、あいつにはあいつのアールヴに対する見方がある。俺は奴がそう考える根拠が知りたい。それがこの迷宮の謎を解明する事に繋がると思う」


「迷宮の謎を解明……もうひとりのソウェルが居るって事も?」


「ああ、あいつは冒険者達の失踪にも絡んでいるだろう……絶対にそうだ」


「分かったわ……私も、知りたい……ダンが知りたい事は私も知りたい」


 ダンを見て、うっとりするヴィリヤ。


 そんなヴィリヤを見て……

 エリンは複雑な感情が湧き上がる。


 ダンの話が、迷宮探索の鍵になると納得しながら……

 妻として、ヴィリヤに対する嫉妬、そして……

 ダンがアールヴの長に会ったら、果たしてどうなるのか?

 という、大きな不安が混在していたのである。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

宜しければ、下方にあるブックマーク及び、

☆☆☆☆☆による応援をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ