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第12話「いきなり、お泊り①」

「ここが……ダンの家……勇者の家なの?」


 呆然とするエリン。

 山々に囲まれた、雑木林があちこちに点在する、草原の中にぽつんと建つ一軒家。

 それほど高くない柵に囲まれた敷地の中で、相変わらず犬が嬉しそうに吠え、ニワトリがにぎやかに鳴いている。

 周囲に、人家は全く無い。

 当然、人の気配も無い。

 まるで、世間から隔絶されたような家であった。


 ダンは、念を押すように言う。


「さっき言ったぞ。俺は勇者じゃないし、つつましく静かに暮らしているって」


「…………」


 黙り込んだエリンへ、ダンは問う。


「お前は、王族なんだろう? エリン」


「うん……」


「だったら、こんな狭い家で暮らす、地味な暮らしは辛い筈だ」


「…………」


 狭い家での質素な暮らしなど、これまでダークエルフの姫として、豪奢な暮らしをして来たエリンには我慢出来ないだろう。


 ダンはそう考えたので、エリンへ話を切り出す。


「だが俺は約束を守る。お前をここで暫くの間、面倒をみよう、それと考えている事もある」


 考えている事?

 ダンが考えている事?

 

 何だろうと、エリンは気になった。


「考えている事?」


「そうだ、俺はこう考えている。エリン、お前は自分が最後のダークエルフだって言ったけれど、この世界のどこかにお前達とは別のダークエルフの一族が存在するかもしれない」


「エリンとは別の、ダークエルフの一族が……この世界のどこかに?」


「そうさ、お前達エルフは同族同士で結ばれるのが一番良いんだ。人間の俺なんかじゃなく、お前にぴったりなエルフのイケメンが待っているかもしれないじゃないか」


 ダンは徐々に、エリンに対して情が湧いていた。

 

 エリンはとても可愛くて、素敵な女の子だから。

 凄く泣き虫で、とても甘ったれで、少し蓮っ葉だけど……素直だし明るい。

 

 何とか、幸せになって欲しいと思っている。

 

 寿命が違い過ぎる人間の自分より、同族と結ばれた方が良い。

 長い時を共有し、幸せに生きた方が良い。

 だから『新たな出会い』の為に、自ら離れる事を打診したのだ。


 エリンはというと、先程からダンの言葉を繰り返している。


「エリンにぴったりの……エルフのイケメン」


 この家で一緒に暮らすより、同族同士で結ばれる方がエリンの幸せだと告げると、ダンは少し虚しくなる。

 

 何故だろう?

 ダンは、自問自答する。

 しかし、最初から自分は『その考え』だった筈だ。

 そんな「もやもや」を振り払うかのように、ダンは言う。


「さあ、話は終わりだ。早く風呂に入ろうぜ。俺が沸かしてやるから、エリン、お前が先に入れ」


「…………」


 エリンが、またもや黙り込んでしまっている。

 何かを深く、考えているようだ。


「どうした、エリン? 俺もお前も汗と泥塗どろまみれだ、早く風呂に入ろうぜ。すっきりさっぱりするぞ」


 ダンがエリンに入浴を促した、その瞬間。


「あううう~、やだやだやだ~っ」


 エリーが駄々っ子のように手足をバタバタさせたのである。


「おいおいおい、いきなり、どうしたよ」


「やなの~っ、エリンがダンと離れてどこかへ行くなんて~っ、わあああああん!」


 エリンは、ダンに抱きついた。


 ダークエルフの自分を、敢えて突き放す。

 それはダンの優しさであり、自分の幸せの為だと、エリンは無理やり考えようとしたらしい。

 

 ダンは優しい。

 エリンに優しい。

 エリンが一番幸せになる事を、いつも考えてくれている……筈。


 だからダンの言う通り、彼と離れて違うダークエルフの一族を探す……

 それがエリンの一番の幸せ……そう考えた……

 だけど……ダメだった。

 エリンはダンと離れると考えただけで、辛くてたまらないのだ。


「エリン……」


「エリンは一緒に居たいのぉ、ダンのお嫁さんになりたいのぉ! ここに置いてよぉ! わああああああん」


 エリンの顔は、酷い事になっていた。

 泣き崩れて、くちゃくちゃになっていた。

 涙と鼻水に塗れていた。


 もう……ウソ泣きなんかじゃない。

 ダンを失うなんて、考えられない。

 エリンは、心の底から悲しくて泣いていた。


「エリン……」


「わうわうわう~」


 縋りつき、号泣するエリンをそっと抱きしめたダン。

 地平線に沈もうとする燃えるような夕日が、抱き合うふたりを真っ赤に染めていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カポーン!

 湯を汲むのに使った木桶を、エリンが床に置くと音がやけに響く。


 全裸になったエリンの肢体は、見事な曲線で造られており、まるで芸術品だ。

 やや褐色の健康な肌はとても張りがあって、お湯をあっさりと弾く。


「へぇ~、これがダンの家のお風呂なんだ? 結構広いね、造りだけでいえばダークエルフの地下温泉にも負けないよ」


 エリンが感心して言う。

 大きな岩をくりぬいて造った湯船は、小さな家に不似合いなほど大きかった。

 おとな5人が、一度に入れるくらいの広さである。

 床も、石が綺麗に敷き詰められていた。


「そ、そうか? 俺、風呂が好きだから一生懸命造ったよ……」


 ダンの声が、同じ風呂場から聞こえる。

 そう、何とふたりは一緒に風呂に入っているのだ。


「ところで、ダンは何でそんな隅っこに居るの?」


 エリンが言った通り、ダンは広い湯船の端っこに身を縮めて入っていた。

 照れ臭そうに、エリンへ背中を向けている。


「恥ずかしいだろう、普通は」


 ダンは、エリンから一緒に風呂に入ろうと言われ、最初は頑として断った。

 しかしまた泣かれてしまい、仕方なしにOKしたのである。


「恥ずかしいの? 何で?」


 不思議そうに聞くエリンへ、ダンは背中を向けたまま答える。


「何でって……今日、初めて会った男と女がふたりっきりで風呂に入るんだ、そう思わないか?」


「思わないよ! エリンは恥ずかしくなんかない、だってエリンはダンのお嫁さんなんだもん」


「お、お嫁って!? お前なぁ……」


「嫌……なの?」


 ダンが困ったように口籠ると、エリンの声のトーンが落ちた。

 また泣かれてしまうと、慌てたダンは否定する。


「い、嫌じゃねぇけどさ」


「なら、良いじゃない。エリンだって他の男の子なら絶対に嫌だけど……ダンなら! ダンだけは良いんだもん」


 エリンはそう言い切ると、ダンへ近づいて思いっきり抱きつく。

 

 「ばちゃん」とお湯が跳ね、しなやかなエリンの身体が、ダンに覆い被さった。

 エリンの、すべすべつるんとした素肌の感触が、ダンを更に慌てさせた。

 

「わわわっ」


 ダンは驚いていた。

 エリンの大胆な行動と、そして……


「おいおいおい、エリン……お、俺の背中に! むむむ、胸が、お前の胸が! あああ、当たっているぞ」


 ダンの指摘にも、エリンは全く慌てない。

 それどころか……


「うふふ、でもさっきもダンは触った、エリンの胸を」


「はぁ!?」


「エリンを抱っこして大空を飛んでいる時に触ったよ、胸」


 エリンの爆弾発言がさく裂し、ダンはさっきから防戦一方だ。


「ば、馬鹿! それは不可抗力だろう? 触ったんじゃない、抱えている時にたまたま触れたんだ」


「でも良いじゃない、エリンは嬉しいから。それに褒めてくれたわ、巨乳って!」


「うっわ! は~、俺、エリンをあんな綽名あだなで呼ばなきゃ良かったよ」


 溜息を吐くダンを見て、エリンは豪快に笑い飛ばす。


「あははははっ、もう遅いよ。さあ、出よう、エリンがダンを洗ってあげるから」


「え? 洗う?」


「うふふ、出るよ」


 驚くダンの手を掴んで、エリンは「にっこり」と笑ったのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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