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第118話「無言の号泣」

 もしも何かあったら、エリンを頼む……支えてくれ。

 ダンの言葉は深くしっかりと、ヴィリヤの心へ刻まれた。


 ……その間にも、通路奥に出現したオークの群れは、こちらへ迫っている。

 薄暗い迷宮……その通路の奥から、豚が吠えるような、オークが発する独特の甲高い声が聞こえて来たのだ。


 不快そうに苦笑し、耳を指でふさぐ真似をしたダンは、素早く作戦の指示をする。


『俺とケルベロスが突出する。奴らの先陣を何体か倒し、適当にあしらいながら後退する。ここまでは良いか?』


 ダンに問われたふたりは、「打てば響け」と返事をする。


『了解!』

『了解っ!』


『頃合いを見て俺達は思いっきり下がり、そして左右に散る。指示を出したら今迄と全く一緒だ。俺達が誤爆しないよう気を付けて魔法を放て。ヴィリヤの魔法でオークを氷漬けにし、エリンの魔法で粉々に砕くパターンは一緒だ』


 ダンから出された『課題』は、さして難しいものではない。

 今迄の魔法を使った戦い方と一緒であり、発動するタイミングだけを計れば良いものだ。


『了解!』

『了解っ!』


 更に、大きな声で返事をしたエリンとヴィリヤ。

 彼女達がもうスタンバイしたと見て、ダンはケルベロスを促す。


『じゃあ、ケルベロス、行くぞっ』


「うおおん!」


 念話と咆哮が交錯した瞬間。

 ダンとケルベロスは駆け出し、凄まじい速度で、オークの群れに肉薄していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ダン達が出撃してから、すぐ……異変は起こった。

 何だか、エリンの様子が変なのだ。

 傍らに居るヴィリヤへ、怖ろしい波動が伝わって来る。


 肌がピリピリするようなはっきりした負の感情……

 憎悪! 怨念! そして殺気が! 


「オークめぇっ! 絶対にっ! 許さないっ」


『え?』


 ヴィリヤは吃驚した。

 

 何故なら、今の声は念話ではないからだ。

 エリンの口から出た、肉声なのである。

 更に、口調は激しさを増して来る。


「お前らは汚らわしいっ! 名前を言うだけでも、おぞましいっ!」


 小さな桜色の可愛い唇が動き、毒に染まった言葉が次々と吐き出された。

 いや、言葉だけではなかった。

 エリンの綺麗なダークブラウンの瞳は、ぎらぎらと燃えていた。

 その激しさに、ヴィリヤは圧倒されている。


『エリン……さん』


「あいつら、殺してやる! オークなんか……この世から……全て抹殺してやるっ」


『ど、どうして? あ!』


「ぜ~んぶ、消えてぇ、……なくなれっ!!!」


「な…………」


 ヴィリヤの身体に悪寒が走る。

 自分もつい肉声が出てしまった。


 エリンの怖ろしい殺気が急激に膨れ上がり、強大な魔力を感じたからだ。

 ……これはマスターレベルに到達した、高位魔法使いが行使する魔力量……


 ヴィリヤはマスターレベルの魔法使いとして、水の魔法を極めている。

 最大の魔法『氷河』を、使う際の魔力量も熟知している。

 その究極魔法使用時と、同じくらい地の魔力を感じたのだ。


「どうしてっ!? 急に?」


 今迄オークと戦っていた時……

 エリンの深い『哀しさ』は感じても、このように表に出した事はない。


 何故、突如このようになってしまったのか?


 ここでヴィリヤには思い当たる事があった。

 それは……ダンである。


 現在ダンは、クランの先鋒として、ケルベロスと共にオークの群れに立ち向かっている。

 エリンから、暫しの間離れて……


 そう、ダンこそがエリンの『リミッター』なのだ。

 愛し愛されるダンが傍に居るから、エリンは何とか平静さを保っていられる。

 

 しかし、エリンの家族を殺した仇敵のオークが……

 目の前に居る状態で、ダンが少しでも離れたら……

 憎しみと殺意から、エリンの心の『たが』は簡単に外れてしまう。


 そこまで考えて……ヴィリヤはハッとした。

 もう、考えている暇はない。

 エリンの魔力は、今にも張り裂ける寸前まで高まっていたから。


 いくら魔力が高まっても、通常の魔法発動であれば問題はない。

 だが、この不安定な気配は……尋常ではない精神状態は……

 とんでもない、魔力暴走の気配を見せていたのである。

 

 精神の安定と制御コントロールを失った魔法使いは……下手をすれば……

 壊れてしまう……

 だからヴィリヤは躊躇ちゅうちょせず、大声で怒鳴る。


「エリンさんっ!!!」


「う~っ、殺してやる……」


 駄目だ!

 ヴィリヤの声は、エリンの耳へ届いていない。


 ならば!

 もう一度っ!


「エリンさんっ!!!」


「ううう~っ」


 エリンが唸るのを聞いて、ヴィリヤは「ぎっ」と唇を噛んだ。


 こうなったら!


「たあっ!」


 ヴィリヤは気合を入れ、エリンへ飛びついた。

 もう、必死だった。

 身体を張って、興奮するエリンの『暴走』を、何とか止めようとしたのである。

 

 その瞬間!

 不思議な事に……

 抱き締められたエリンと、抱き締めたヴィリヤ……

 ふたりを、「そっ」と優しい風が包む……

 

 ヴィリヤに飛びつかれたエリンは、さすがに吃驚し、我に返った。


「わ!? ヴィリヤっ! いきなり何?」


 目を丸くするエリンは、先ほどまで自身が『暴走』していた事を……覚えていない。

 一方、ヴィリヤは……

 エリンが正気に戻った事に気付かず、まだ「ぎゅうっ」とエリンを抱きしめている。


「駄目ですっ、エリンさんっ!!!」


「何で! ヴィリヤがエリンに抱きつくのっ!? エリンを抱っこしていいのはダンとリアーヌだけなんだよっ」


 エリンの抗議に対し、ヴィリヤは答えない。


「…………」


「もう! ヴィリヤったら! え!?」


 更に詰問しようとしたエリンが……気付いた。

 ヴィリヤの顔は涙でぐしゃぐしゃである事を

 凛としたエルフの姫は……エリンに抱きついたまま……無言で……

 思いっきり、泣いていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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