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第117話「心の奔流」

 オークと、数回戦った後……

 ダンが、戦法の変更を提案する。


『よし、次からは全員で戦うぞ。俺とケルベロスも加わる』


 ダンとケルベロスが戦いに――クランのフルメンバーで戦う。

 エリンとヴィリヤの顔がほころぶ。


『全員で?』

『い、いよいよですね』


 今迄は、エリンとヴィリヤの『魔法のみ』で戦っていた。

 全員で戦うとなれば、どう変わるのだろうか?


『ああ、エリンもヴィリヤも、そろそろ戦いに慣れただろう。なら次は、クランとしての戦い方にチャレンジして貰う』


 冒険者クランとしての戦い方。

 個ではなく、集としての戦い方。

 これまでに、エリンとヴィリヤふたりで戦ってみて、どうにか扉のノブを掴んだ感覚はある。

 後はノブを大きく回し、扉が少しでも動いたら、思い切り開くだけだ。


 当然、エリンとヴィリヤに異存はない。


『旦那様、了解!』

『ダン、わ、分かったわ』


『よっし、相手が同じであれ、絶対に気を抜くな』


 ダンは、ふたりを気遣う。

 ここまで……慎重に来たのだ。

 当然の事であろう。

 個々にも声を掛ける。


『エリン、大丈夫か?』


『大丈夫! 旦那様が居るからね!』


 一見元気よく……

 だが、僅かにエリンの表情が強張った事に、ヴィリヤは気付いた。

 なのに、ダンはあっさりスルー。

 ヴィリヤにも同じように声を掛けて来る。


『よっし! ヴィリヤも行けるな?』


『え、ええ……』


 いつもの、打てば響けの返事が戻せず、口籠るヴィリヤ。

 ダンは、不思議そうな顔付きで尋ねて来る。


『どうした?』


『いえ……何でもないわ……』


 ヴィリヤは首を振り、顔を伏せた。

 ……不思議であった。

 オークとの戦いで、エリンの様子が著しく変わったのは、はっきりしていた。


 それなのに……

 何故?

 ダンは、まるで何事もないように振舞うのだろうかと。


 そもそもダンは他人の心が読める。

 余程の高位レベルの術者でなければ、彼の魔法を防ぐ事など出来ない。

 

 つまり殆どの人間は、ダンの前で誰も隠し事は出来ないのだ。


 そのダンが、相思相愛である自分の妻エリンの変貌に、気付いていない筈はない。

 愛する者の持つ苦しみが、分からない筈などない。


 しかし、ダンは何も言わない。

 エリンの心の内に秘めた『事情』は勿論、ヴィリヤが案ずる気持ちも……


 そこで、ヴィリヤは一計を案じる。


 自分から心を開いたのだ。

 絆を結んだ『仲間』が持つ深い悲しみを慈しむ気持ちを……

 『仲間』を心の底から思い遣る気持ちを……

 大きく大きくさらけ出し、ダンへ強い波動を送ったのである。


 だが……

 ダンは、ヴィリヤへ何も言わなかった。

 淡々と、次なる戦いへの説明を続けて行く。


『良いか、ふたりとも。とりあえず作戦はリーダーの俺が立て、随時指示もする』


『了解!』

『りょ、了解……』


 ふたりの返事を聞き、ダンは頷き、話を続ける。


盾役タンク攻撃役アタッカーは俺とケルベロスが担う。回復役ヒーラーは俺が兼務。そして今迄通り、後方から魔法を使った攻撃役アタッカー強化支援役バファーはエリンとヴィリヤだ』


『了解!』

『りょ、了解!』


 エリンとヴィリヤが、またも返事をした、その時。


「うおおん!」


 ケルベロスが、鋭く吠えた。

 どうやら敵襲らしい。

 ダンが、「ナイスタイミング!」とばかりに笑う。


『はは、丁度いい、新手のオーク共だ』


『ぬ! オークぅ! 準備万端だよっ!』


 やはりエリンはオークに対し、特別に含むものがあるのだ。

 目付きが途端に厳しくなった。


 片やヴィリヤは、エリンの辛さ、そして怒りの波動を感じる。

 心が「ぎゅっ」と縛られたように、酷く苦しくなる。

 何故か、返事も出来ないくらい息苦しい……


『…………』


 無言で応えたヴィリヤであったが、


『ヴィリヤ!』


 いきなり!

 ダンの声が耳元で聞こえたような感覚に陥る。

 どうやら、エリンには聞こえない特別な念話のようだ。


 何だろう?

 急にどうした……と、いうのだろう。

 ヴィリヤは、とりあえず返事をするしかない。


『あ、は、はい!』


『…………』


 少し、ダンにはためらいがあった。

 だが、すぐに彼の声が聞こえて来る。


『もし……何かあったら……エリンを……傍で、支えてやってくれ』


『え!?』


 もし何か?

 あったら?

 エリンを……支える?

 唐突なダンの願い。

 ヴィリヤは、呆然としてしまう。


『…………』


 理由を話して。

 と、言いたげなヴィリヤの沈黙に、ダンは答えてくれる。


『あいつの家族は……オーク共に殺されている……』


『え!? そ、そんな!』


『ヴィリヤ、頼むぞ』


『は、はいっ!!!』


 エリンの家族がオークに!?

 それはヴィリヤにとって、衝撃の事実であった。

 でも……

 ただ殺されただけではない……何かある。

 

 エリンの様子を見て……

 ヴィリヤは、そう感じる。


 もし……自分がエリンの立場だったら……

 目の前に『仇』が現れたら……

 泣き叫び、怒りに我を忘れてしまうかもしれない……


 そして……

 やはりダンは分かっていた。

 全てを分かっていたのだ。

 エリンの心に、大きな変化が生じていた事を。

 ヴィリヤが、エリンを案じていた事も。

 

 突如、ヴィリヤの中で、強い気持ちが湧き起こる。

 彼女の華奢な指がゆっくり曲げられ、小さな拳が「きゅっ」と握られた。

 

 ダンは、エリンを託してくれた。

 愛する大事な妻を……ヴィリヤを信じて、託してくれたのだ。


『わ、分かっていますともっ! エリンさんは大切な仲間です! さ、支えるわっ! 何があっても! ……そして私がしっかり守りますっ!』


 叫ぶヴィリヤは、自分でも不思議であった。

 赤の他人の為に、何故自分がこんな強い気持ちになれるのか……


 しかしヴィリヤは、自分の気持ちに素直に……

 心の底からほとばしる、熱い奔流に身を委ねていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

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