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第111話「迷宮初心者③」

 ヴィリヤは、まとった法衣ローブの内に、薄手の革鎧を着ていた。

 その腰にさした、ショートソードが見える。

 どうやら、ヴィリヤは剣技の心得もあるらしい。

 

『ダン、私は魔法だけ修行して来たわけではありません。お祖父様から剣も習いました』


 ヴィリヤによれば、刀身はエルフが好むミスリル製だという。

 鞘と柄に凝った彫刻が施されており、ひと目で高級品だと分かる。


 ダンは頷くと、ヴィリヤの法衣を掴み、「そっ」と戻してやる。


『分かった。だが、迷宮では敵に対し簡単に剣を見せるな。それは最後の武器だ』


『最後の武器?』


『ああ、接近戦が全く出来ない魔法使いだと油断させておいて、不意を衝く……強敵とか、万が一魔力が尽きた時とか、お前にとって最後の切り札になる』


『私の……最後の切り札……』


 ヴィリヤは、噛み締めるように言った。

 やはりダンは、大切な事を教えてくれると思う。


 ダンは微笑むと、エリンとヴィリヤ双方を見る。


『ああ、改めて言うぞ。まずエリンだが……実戦経験は充分、更に冒険者スキルを含めた知識を得た方が良い』


『了解!』


 エリンが大きく頷いた。

 ダンには地上に出てから、多くの事を学ばせて貰っている。

 この迷宮でも同様だろう。


 次がヴィリヤだ。

 ダンは優しく微笑みながら言う。

 

『ヴィリヤは魔法知識は充分だが、それ以外の知識は勿論、戦闘を始めとして実戦経験を積む事が必要だ』


『了解! その通りね』


 いつものヴィリヤなら、正論でも絶対に否定する所だ。

 しかし、大好きなダンの指摘なら素直に受け入れられる。


 人間誰しも、自分の欠点や至らなさを指摘されれば、普通は嫌がる。

 だがヴィリヤは、自分の長所も短所もダンに知って欲しい。

 心の底からそう思っていた。


 ここでダンは、魔法属性の話をする。

 いわゆる、地・水・風・火の各精霊が存在する四大元素だ。


『お互いの属性だが……俺は火、風、そして地の魔法を使える。ヴィリヤは地の魔法の事以外は把握しているだろう』


 ダンの話を聞き、ヴィリヤが驚く。

 念話もそうであったが、重要度はこちらの方が上だ。

 

『え? ダンが地の魔法? 私、聞いていないわ』


『ああ、悪いな。こっちも少し前から使えるようになった』


『もう! 一応私は貴方の管理者です。念話の件といい、ちゃんと報告して下さい』


『ああ、すまん』


 ヴィリヤの叱責に対し、ダンは素直に謝った。

 懐かしいと思う。

 ……ダンが召喚されたばかりの日々を思い出し、ヴィリヤはとても嬉しくなる。


『宜しい! でも、凄いわ! 属性魔法を3つ会得すれば、あとはひとつだけ。もう少しで全属性魔法使用者オールラウンダーじゃない!』


 全属性魔法使用者オールラウンダーとは、滅多に居ない。

 文字通り、全属性の魔法を使いこなせる術者の事を言う。

 ダンは苦笑し、補足説明をする。


『ははは、万が一、お前の持つ水の魔法も加わればな……というわけで、ヴィリヤは水の魔法、エリンは地の魔法を使う上級術者だから、お互いに認識するように』


『了解!』

『りょ、了解!』


 上級術者……

 エリンとヴィリヤは改めて顔を見合わせる。

 ダンが言い切るのだから、お互いに相当の実力者だと思ったようだ。


『戦いの心構えに関しても言っておく。迷宮とはいわば社会の縮図だ。外の世界に比べれば極端に狭いこの地下10層に、殆どの事象がぎゅっと凝縮されているんだ』


『外の世界全てが?』

『ぎゅっと凝縮……』


『ああ、完全ではないが……外の世界で貧富、身分による区別や格差があるように、弱肉強食のことわりや、強さの差が当たり前にある。先ほども言ったけど、傾向としては層が深くなるに比例して敵も強くなり、得る物も高価且つレアになる。いわゆるハイリスク、ハイリターンだ』


『成る程!』

『知識だけでなら、理解しているわ』


 ……打合せはもう、充分になされた。

 ダンは、そろそろ頃合いだと考えたらしい。


『良し、ならば講義は終了、そろそろ出発だ。ところでふたりとも、打合せをしながら、冒険者達を見ていただろう?』


 ダンの質問に対し、ふたりは答える。

 どうやら、ダンの意図が良く分かったようだ。


『うん、見てた! みんな、気合が入ってる、ううん、入り過ぎてる』

『ええ、私もそう思います』


『じゃあ、俺達はどうだ?』


『うん! さっきより、全然落ち着いてる!』

『確かに興奮が治まったわ。エリンさんの言う通りです』


『そうか! じゃあ、行くぞ』


 ダンが更に促し、3人は立ち上がった。

 いよいよ迷宮探索が始まるのだ。


 微笑むダンが、手をあげ、(こぶし)を突き出す。


『あくまで軽くだぞ。拳を、こつんとぶつけるんだ』


 一体何をするのだろう?

 エリンも、ヴィリヤも不思議そうな顔をする。


『旦那様、これどういう意味?』

『ええ、教えて下さい』


『ああ、クランの結団式みたいなものだ』


 こつん、こつん、こつん。


 3人の拳は「そっ」と触れ合った。

 温かい体温を感じ、ダンが微笑みかけ、エリンとヴィリヤも微笑みかける。

 

 こうして……

 不器用ながらも、お互いに理解しようと努力しつつ、即席のクランは発進したのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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