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第108話「物事の表と裏」

 「びしっ」と、デコピンをしたエリン。

 おでこに手を当てて、痛みに耐えながら無言で睨むヴィリヤ。

 

 早くも……

 宿敵のふたりは、険悪な雰囲気となっていた。

 一方、ダンは黙ってふたりを見つめている。


 子供のように叱られ、エルフ貴族の誇りを傷つけられた、ヴィリヤの怒りは凄まじい。

 しかし、エリンは臆せずきっぱりと言い放つ。


「ねぇ、ヴィリヤ。ダンとエリンの指示に従えないのなら……ここから地上へ戻って貰うよ」


「…………」


「さあ、どうする?」


「…………」


 無言となったヴィリヤの脳裏には、昨夜言われたゲルダの言葉がリフレインする。


 『ダンの指示には絶対に従い、協力する事。エリンさんの言う事にもです。

 創世神様に誓って約束して下さい』


 ヴィリヤをさとす、ゲルダの目は真剣だった。

 『人喰いの迷宮』から、万が一ヴィリヤが生還出来ない場合は、自死するというから。

 

 なので、ヴィリヤは仕方なく、約束した。

 不承不承だが、創世神に誓うという最大の言葉を以て約束したのは事実である。


 迷宮に不慣れな自分が、今のようにスタンドプレーに走ったら、確かに命を落とす危険は大きい。

 すなわち……何の罪もないゲルダまで、自分の巻き添えで死ぬ、殉死する事となる。

 

 まず生還する……

 その目的の為には、「迷宮には慣れている」というダンとエリンの指示に従うしかない。

 ヴィリヤは怒りを抑えながら、とうとう腹を決めた。


「わ、分かりました、今後、あなた達の指示には従います。……でも」


「でも? 何?」


「この店、違法は違法じゃない。どうして止めるの?」


 なおも疑問を呈すヴィリヤに、今度はダンが言う。


「良く考えろ。本当にこの店が違法なら、王国や冒険者ギルドが絶対に黙っていない。ここは迷宮の入り口から入ってすぐの、目立つ場所なんだぞ」


「…………」


 確かに、ダンの言うとおりである。

 ……ヴィリヤはイエーラからこのアイディール王国へ来て、故国以上に法律をきっちり順守させると感じていた。

 ゲルダから、ときたま中央広場で罪人が処罰、処刑されると耳に入れられている。

 それもしょっちゅう。

 結構、容赦なく裁いているのだという感覚だ。


 ヴィリヤが「つらつら」と考えていたら、ダンが再び告げる。


「多くの物事には表と裏がある。良く、建て前と本音とも言うじゃないか?」


「…………」


 ヴィリヤは、ダンの言う事だと本当に素直に聞ける。

 それは実際にダンの知識が自分の糧となっているのと、彼が好きで尊敬しているからだ。


「万が一、どうしても必要な何かが不足したら、または緊急のけが人が出たら、地上に戻らずとも迷宮内で用が済めば助かると思わないか?」


「確かに……」


「だろう? そこで冒険者達は要望を出した、だが公的な指定店はこのような場所に店を出したがらなかったんだ」


「…………」


「なので、ここの店は表向きは商品同士を物々交換——つまりトレードするか、労働で払うという建前で存続が許されている」


「表向き? 物々交換? そんな方法が!?」


 驚くヴィリヤへ、今度はエリンが言う。


「エリンも最初は何も分からなかった。だけどダンと出会っていろいろ勉強になったよ。物事って全て何か理由があるものだって」


「物事には……全て何か理由がある……」


「勇者亭の時だってそうでしょ?」


「…………」


 ヴィリヤは、思わず唇を噛んだ。

 あの時の事を思えば、すごく恥ずかしい。

 はっきり言って、最大の黒歴史だ。

 そして……また同じ失敗をするところだった。


「物事が成り立っている理由をしっかり確認してから、自分の判断を下す。その方が間違わない。急いで判断する時以外は大抵それでOKだよ」


 確かに、エリンの言う事は尤もである。

 一見違法なこの迷宮地下1階の店も、実は合法だったのだから。


 それに、少しホッとした。


 ダンの妻であるエリンも、『自分同様』社会や世間に疎いらしいのだ。

 それなのに……包み隠さず、自分へカミングアウトしてくれた。

 理由は何故か分からないが、会った時から自分を大層嫌っているみたいだから……

 こちらも、良い気持ちはしていなかったが……


 だけど!


 エリンは優しく言葉をかけてくれた。

 出会ってから初めて、胸襟きょうきんを開いてくれた。

 そんな気がする。


「わ、分かったわ……」


「ゲルダ」


「へ?」


 素っ頓狂な声が出てしまった。

 自分ではない名前を呼ばれてしまったからである。


「こら、ゲルダだろう? 今のお前は」


「……あ!」


 軽く叱られたヴィリヤは、思わず声が出そうになり、慌てて手で口を押えた。

 ダンの魔法で変身している事を、すっかり忘れていたのだ。


「あ、じゃね~よ」


 ダンが、悪戯っぽく笑った。

 「もっとしっかりしてくれよ」という意味も込めて……

 ヴィリヤは、叱られた子供のようにショックを受けてしまう。


「う、うん……」


 だが……

 ヴィリヤは確実に、ふたりとの距離を縮めている。


「ほら、そろそろ行くぞ」

「ゲルダ、行くよっ」


 ダンとエリンから促されたヴィリヤ。

 笑顔のふたり。

 こうなるとヴィリヤは気分が良くなり……前向きになって来る。


「は、はいっ」


 大きい声で返事をしたヴィリヤは、元気よく立ち上がったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから……

 ダン達は地下1階の様々な店を回った。

 全て非合法の店ではあったが、何故なのか商品に法外な値段はついていなかった。


 エリンとヴィリヤにとっては意外だったが、これにも理由があった。

 あまりに暴利な商いをしていると、被害にあった冒険者から通報され、それこそ王国やギルドから目をつけられてしまうからである。


 実際に何度か『手入れ』があり、何人もの『悪徳業者』が処罰されていた。

 中にはこっそり違法な商品を扱い、同じ事を繰り返した為、死刑になった者も居た。

 だから、商品の値付けも接客態度もいたってまともなのである。


 装備充分なダン一行であったが、わざわざ地下1階の店舗を回ったのにも理由があった。

 装備資材の買い忘れの確認は勿論、最新の情報収集である。

 特にこの市場で買い直した迷宮の地図は役に立ちそうであった。


 冒険者ギルドが制作した地図に冒険者達から得た情報が加えられ、何度も改訂されていたからだ。

 罠の有無、敵から見て死角になる隠れ場所、また魔物が大量に発生するモンスターハウスになる可能性の高い部屋等……


 加えて、ダンは商品で買い物をした際に商店主への取材も行う。

 自分の店で買い物をしてくれた商店主は、客へ惜しみなく知っている事を伝える。


 こうして……

 ダン達は更に万全を期して、迷宮の地下2階へと降りて行った。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

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