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第107話「従って貰うわ」

 迷宮とは……


 ひと筋の光も射さない……冷え冷えした真っ暗な世界。

 その闇に身を潜め、不気味に唸り、うごめく魔物達……

 襲われた者が発する阿鼻叫喚あびきょうかん……

 たおれ地に伏した、哀れな犠牲者達からただよう死臭……

 

 エルフの箱入りお嬢様育ちのヴィリヤにとって……

 迷宮など……聞くだけで……はっきり言って……全てが苦手だった。

 少しでも考えたくない。


 だから、ゲルダが言った通り、ヴィリヤは今迄迷宮へ入った事はない。

 まるで必要がなかったせいもあるが、実は暗いところ、狭いところ、気持ち悪い魔物が居る空間が嫌いだったから。

 迷宮については、人から聞いたり、書物で読んだ知識しかないのだ。

 

 しかし!

 愛するダンの傍に居たい。どこまでもついて行きたい!


 その気持ちだけで、同行を宣言し……ここまで……こんな迷宮まで来てしまった。

 湧き上がる悪寒を我慢しながら、大嫌いな迷宮の入口へ近づくにつれて、不安はどんどん増して行った。


 3人の、先頭を歩くのはダン。

 続くのは、エリン。

 ……ヴィリヤは最後について行く。

 入口をくぐり……恐る恐る……迷宮へ足を踏み入れた瞬間。


「へ?」


 ヴィリヤは、拍子抜けした。

 

 どうした事であろう?

 何が、起こっているのだろう?

 

 目の前に大きく広がった迷宮の地下1階は……明るかった。

 壁には魔力で明かりを供給する魔導灯が取り付けられ、ぼんやりした光を放っていたのだ。


 人間やエルフ、そしてエルフの宿敵ドワーフ……

 様々な種族の、冒険者達が居る。

 商品を前にやりとりをする者、座り込んでぼうっとする者、寝そべって目を閉じている者……思い思いに過ごしているようだ。 


 それだけではなかった。

 壁面はともかく、滑らかな石畳の床はゴミなど落ちておらず、清潔だった。

 その理由は、すぐに分かった。


 人喰いの迷宮の地下1階は王家や商業ギルドが認めない非合法な商店街&休憩スペースだったのである。


 商店街といっても、ちゃんとした店舗があるわけではなかった。

 薄い板で囲った、もしくはゴザを敷いただけの簡素な露店である。


 これらの表向きは、冒険者が設営した単なるキャンプだ。

 しかし良く見れば武器防具、道具、食料……そして簡単なケガなら治療出来る病院までがあった。


「こ、これは!? あ、あの人達は何を?」


 ヴィリヤが指さしたのは、何か薬草らしきものを受け取り、代わりに金を渡した男達だった。

 男のひとりは、ゴザを敷き座っている。

 目の前に、様々な薬草を置き、店らしきものを開いていた。

 もうひとりの男は、受け取った薬草をさも大事そうに、バッグへ仕舞っている。


「見れば分かるだろう? 店と客さ」


「そんな! 迷宮へ無許可で店を出すなど! 王国の規則に反する……許せませんっ! 私は問い質しますっ」


「おいおい、やめろって、英雄亭の二の舞はごめんだぜ」


 英雄亭の二の舞……

 それは、ヴィリヤが自分だけの価値観を振りかざし、周囲を従えようとする悪癖……


 しかし、ダンがそう言ってもヴィリヤは止まらない。

 冒険者達が座っている、『店』へ突進しようとする。

 あまりにも潔癖すぎる、しかも真っすぐな性格がまたもや発揮されたのだ。

 昨夜、ゲルダと約束したうちのひとつ、『個人プレーには走らない』……などすっかり頭から抜けている。


 しかしダンはこのような事を想定して、エリンと打合せを済ませている。

 なので、エリンが素早く動いた。

 まるで電光のように。


 「はっし」とヴィリヤの腕を掴んだエリン。

 更に空いた手でヴィリヤの肩を掴み、ぐいっと自分の方へ向き直させる。


 びしっ!


「ぎゃう!」


 軽く肉を打つ音と、悲鳴が響く。

 ヴィリヤの額が赤く……染まった。


 だが殴ったとか、頬をはったのではない。

 エリンはヴィリヤのおでこに向け、指で鮮やかに『デコピン』を打っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 迷宮地下1階……


 ヴィリヤは座り込み、膝を抱えていた。

 目を赤くして、泣いていた。

 口惜しさと情けなさで、涙がどんどん溢れて来るのだ。


 デコピンを放ったエリンは、ヴィリヤの手を掴んで隅っこへ連れて行った。

 そして、強引にこの場へ座らせたのである。

 

 視線を感じる。

 ダンはともかく、人間に擬態したダークエルフのエリンと、エルフのヴィリヤは目立つ。

 ふたりは、対照的な美少女だから。


 エリンは褐色の肌をした、スタイル抜群のグラマラス野生美少女。

 一方、ヴィリヤは外見はゲルダだが……

 エルフの特有の、透き通るような肌をしたスレンダー&儚げな透明感あふれる美少女。


 デコピンを受けたヴィリヤの悲鳴を聞いて、冒険者達は好奇心を刺激されたらしい。

 多分、喧嘩だと思ったのだろう。


 ヴィリヤの目の前には、腕組みをしたエリンが立ちはだかっている。

 ダンは、苦笑してその背後に立っていた。


「ゲルダ、私達の目的は何?」


「…………」


 エリンの呼びかけを無視して睨み、口を尖らせるヴィリヤ。

 しかしエリンは、真っすぐにヴィリヤを見ながら、再度促す。


「答えて!」


 凛としたエリンの声に押され、ヴィリヤは漸く口を開いた。

 答える声は、掠れている。


「……あ、貴女なんかとは……口をききたくない。私はダンとだけ話す……」


「却下!」


「は?」


「却下! って言ったの。もしエリンの言う事に従わないのなら、ここから戻って貰うわ」


「な!? そんな権利を? あ、貴女がどうして? 私は従わない……」


 抗議するヴィリヤの声を遮り、ダンが言い放つ。


「駄目だ、俺が許可した! というかエリンに頼んだ。ヴィリヤ、この迷宮内では俺とエリンの指示に一切従って貰うぞ」


「ええええっ!?」


 悲鳴に続いて、大きな声を出すヴィリヤ。

 「にやにや」しながら見つめるたくさんの冒険者達。

 彼等からの興味津々な視線を浴びて、エルフの姫は頭を抱えていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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