第102話「謎めいた言葉」
ダンは、イレーヌに対して質問を続けた。
当然、『人喰いの迷宮』に関してである。
クラン炎が、行方不明になった経緯も改めて教えて貰う。
冒険者ギルドには、守秘義務契約がある。
元々、依頼とは受諾されるまでオープンである。
広く告知され、応募者を募る。
だが……
受諾後は違う。
受けたクランがどこ? 誰? と言う事も含めて基本的には明かされない。
金額等、具体的な契約条件も含まれるからだ。
しかし、今回の趣旨を考えると、イレーヌは融通を利かせた。
契約条件も含めて、クラン炎の足どりを教えたのである。
何と言っても人命が懸かっていた。
親しいクランを救うという、純粋な気持ちから出たもので邪念は無い。
まして、相手はダン。
お互いに秘密を共有している。
サブマスターとして、「問題はない」と判断したのだ。
「良く分かった……イレーヌさん、ありがとう」
「いいえ……有能なクランの命を救う事にギルドが協力出来れば嬉しいですよ」
「ダン!」
エリンが、促すように叫んだ。
もうこれ以上は待ちきれない!
そんな雰囲気である。
「分かった、エリン。早速支度をしよう」
「了解、じゃあ勇者亭へ戻るんだね」
「そうだな」
と、その時。
「私も行きます!」
叫んだのはヴィリヤであった。
私も行きます! というのは迷宮探索に絶対同行したいという強い意思表示である。
しかしエリンは、ヴィリヤを完全スルーした。
「ダン、早く帰って支度をしよう」
無視されたヴィリヤは、必死で食い下がる。
当然ながら、アピールする相手は、エリンではなくダンだ。
「ダン、私も一緒に行きますっ! お願い、連れて行って下さいっ!」
こうなると、エリンも無視するわけには行かない。
呆れたようなジト目で言う。
「もう、エルフの貴女。少しは身のほどをわきまえて、部外者は駄目に決まっているじゃない」
「ううう~っ」
エリンに「ビシッ」と言われて、ヴィリヤは犬のように唸った。
イレーヌは、吃驚してしまう。
ダンとエリンが来たと聞いて、会ってみたらエルフのヴィリヤ主従も居た。
サブマスターのイレーヌにとって、ヴィリヤ達とは顔見知りレベルであって、特に親しくはない。
冒険者ギルドという組織とエルフのVIPという、仕事上の付き合いというだけだ。
但し、はっきりしている事がある。
身内第一主義と言う種族的な性格からだが……
何の所縁もない人間を、エルフは助けたりはしない。
人間のクラン炎とエルフのヴィリヤは、何の関係も無い筈なのだ。
なのにヴィリヤは、クラン炎の捜索に同行したいと申し出た。
脈絡を知らなかったイレーヌにも、一目瞭然であった。
女子の目から見て、すぐに分かる。
ヴィリヤは……ダンが好きなのだ。
凄く好きだから……
大好きな相手の助けになりたくて、役に立ちたくて同行を申し出た。
しかしダンには、れっきとした妻のエリンが居る。
それも今、目の前に。
エリンの物言いを聞くと、ヴィリヤの気持ちを面白く思っていないのは明らかであった。
果たしてダンは、最終的にどのような判断をするのだろうか?
他人事ながらつい気になってしまったイレーヌ。
そして……
「エリン、勇者亭に戻るぞ……それからヴィリヤ、ゲルダ」
「は、はい!」
「はい」
「お前達も一緒に来い、話がある」
意外な展開!
この場では即答しないが、ダンはヴィリヤの参加を前向きに考えるらしい。
驚いたのは、エリンである。
「えええっ!」
「エリン、さっきも言っただろう。俺にちょっと考えがあるんだ」
「駄目だよ、ダ~ン!」
大声で抗議するエリンではあったが、ダンは首を振った。
ヴィリヤ達が、勇者亭へ同行する事を許したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ところかわって……
ここは勇者亭にある、かつてリアーヌが使っていた私室……
店主のアルバンが誰にも使わせず、そのままにしてくれていたのだ。
ダンはエリン、ヴィリヤ主従と共にその部屋で話している。
リアーヌを含めた5人も入ると、もう『ぎゅうぎゅう詰め』状態であった。
だが、外に漏らしたくない話なので致し方ない。
状況を聞き終わったリアーヌは言う。
「お兄の時にも聞きましたけど……こんなに危ない迷宮なのに、大きな見返りもあるから……ギルドも、簡単に閉鎖出来ないのですよね?」
「ああ、人喰いの迷宮を、目当てに来る冒険者も大勢居るからな。閉鎖なんかしたら不満が凄く出るだろう」
「ですよね、それで……どうします」
「チャーリー達を助けに行くよ、絶対!」
ダンとリアーヌの会話を遮る勢いで、エリンはきっぱりと言い放った。
優しくしてくれて、仲間だと認めてくれたチャーリー達を救いたい。
強い思いが、エリンにはあった。
微笑んだリアーヌは、ダンの意思も聞く。
「ダンさん」
「ああ、エリンの言う通り、チャーリー達を探しに行こうと思っているよ。出来れば助けたいからな」
ダンも、「当然だ」と言うように頷いた。
だが、歯切れが悪い。
気合が足りないと、エリンは思う。
「ダンったら、出来ればじゃあなくて、必ず助けなきゃダメ!」
エリンが促すが、ダンは首を振る。
「いや、出来ればだ。絶対に無理はしない、安全第一だ。俺はともかくお前を危険にはさらせられないからな」
「え? だって! エリンは全然大丈夫だよ」
「誤解のない様に言うが……一応全力は尽くすぞ。だがお前の命には変えられない、本末転倒になる」
「…………」
「冷たく感じるかもしれないが、これが俺の考えだ」
と、その時。
「ダーン!!!」
叫んだのは、ヴィリヤであった。
遂に『放置プレイ』が、限界へ達したのだ。
隣で、部下のゲルダは微妙な顔付きをしていた。
「あ~! うるさいっ、今、凄く大事な話をしているのに」
エリンが耳をふさいで苦々しく言うが、ヴィリヤはスルー。
「私も同行します! ぜひダンの力になりたいのです」
身を乗り出して迫るヴィリヤであったが、相変わらずダンは飄々としている。
「ああ、ヴィリヤか。すっかりお前の事を忘れてた……俺に考えがあると言ったんだっけ」
「う~っ、忘れないで下さいっ! ダンっ!」
しかしダンはヴィリヤではなく、ゲルダの方へ向き直る。
「そうだな、じゃあこの件はゲルダに相談だ」
「わ、私に? 相談? も、もしかしてヴィリヤ様の代わりに私が探索に同行するとか」
「当たった! その通りだ」
惚けたダンの良い方。
自分が同行出来ない?
代わりにゲルダ?
そんなの、絶対認めるわけにはいかない。
「いらっ」としたヴィリヤは、またも叫んでしまう。
「ダ~ン!!!」
「あ~、もう、うるさいっ」
またも、お約束の掛け合いである。
エリンとヴィリヤは、改めてにらみ合った。
そして…… ダンはニヤリと笑う。
「まあ聞け……ゲルダを連れて行くが、実はヴィリヤなんだ」
「え? どういう事ですか?」
「ダン、何それ?」
「分からないです」
「教えて下さい」
ダンの発した、謎めいた言葉……
他の4人は意味が分からず、不思議そうに首を傾げていたのであった。
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