第100話「ダンの予感」
ヴィリヤは、ずっとダンを追っている。
一挙手一投足を全て!
ダンが、厨房へ入ってから少し時間が経った。
ヴィリヤは思う。
何故、『勇者』が皿洗いをするのかと。
自分と一緒に暮らせば、そんな雑用は全て使用人にやらせる。
勇者と自分には、もっと大事な仕事がある。
この世界を救うという大命が。
ヴィリヤは、更に想像する。
エルフの姫である自分と、異世界から呼び出した勇者ダンが結ばれる。
結ばれたら、ドラマチックな何かが起こる。
そんな予感がするのだ。
と、その時。
血相を変えたダンの妻のひとり——確かエリンと言った少女が厨房へ入って行った。
そしてもうひとりの妻リアーヌも厨房へ入って行った。
何か、波動のざわめきを感じる。
詳しくは分からないが、何か胸騒ぎがする。
まもなく……
ダンとエリンが、慌ただしく厨房を出た。
そして、店の奥へと引っ込んだのだ。
ゲルダが、僅かに眉をひそめる。
「ヴィリヤ様……どうやら、何かあったようですね」
「ええ……一体どうしたのかしら?」
「緊急事態かもしれません。私達は、すぐ動けるようにしましょう」
「わ、分かったわ、ゲルダ」
まもなく、ダンとエリンは出て来た。
何と!
身なりが変わっている。
着替えて、来たらしい。
ふたりともしっかり、『革鎧』を着こんでいたのである。
ふとゲルダは、視界の中にある人物を認めた。
ダンの、もうひとりの妻リアーヌである。
厨房から出て来たリアーヌは、何事もなかったかのように仕事へと戻っていた。
不明な状況を確認するには彼女に聞くのが良いと、ゲルダは判断したのだ。
手を挙げたゲルダを認めて、リアーヌはすぐにやって来た。
一見、『給仕担当者』を呼ぶ『客』の自然な行為である。
ゲルダは開口一番。
「どうしたの?」
どうしたの? と聞かれたリアーヌは迷う。
何を聞かれたかは、分かっている。
エリンから聞いて、目の前の『エルフのお姫様の気持ち』も分かっている。
だから、どう答えれば良いか迷う。
「ええっと、何がでしょう?」
「何が、じゃないわ。ダンとエリンさんが慌てて外出するじゃない」
「ええと……ちょっと……」
つい口籠るリアーヌを見て、ゲルダにはピンと来た。
やはり、何かが起こっているのだ。
「ゲルダ、ダンが出てしまうわ」
「分かりました、私達も出ましょう、ヴィリヤ様」
「あ、あの……」
「リアーヌさん、これで足りるわね、お釣りは要らないから」
ゲルダがテーブルの上に1枚置いたのは、ただの金貨ではない。
煌めくそれは、たった1枚が金貨100枚※(※約100万円)に相当する『王金貨』であった。
「釣りが要らない」なんて、この金貨ではさすがに多すぎる。
「ええっ、これでは頂き過ぎです!」
立ち上がって、既に走り出したヴィリヤ。
慌てる主を目で追いながら、ゲルダも勢いよく立ち上がった。
「構わないわ! お客さんへ出したダンの奢りのワインも、これで払っておいてくれる?」
「え?」
「うふ、お酒とお料理、とっても美味しかったわ、私達、また来ますね」
驚くニーナを他所に、ゲルダは悪戯っぽく笑うと、片目を瞑ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンとエリンは、急ぎ足で街中を歩いて行く。
ヴィリヤ主従も、ダン達を見失わずに済んだので、若干の距離をとって後をついて行く。
ダンとエリンは、ヴィリヤ主従が後を追って来るのを当然認識していた。
しかし今は、クラン炎の安否が気がかりである。
まずは、冒険者ギルドへ行かなくてはいけない。
先程より、ダンの歩く速度は速い。
段違いに速い。
歩くというより、走るのに近い。
傍らのエリンも、全く同じ速度で歩いていた。
一方のヴィリヤ主従。
魔法剣士であるゲルダの方が、ヴィリヤよりも遥かに身体を鍛えている。
主である事もあり、ゲルダはヴィリヤを気遣う。
先程飲んだワインも影響して、ヴィリヤは辛そうだ。
しかし勇者亭から、冒険者ギルドはさほど離れてはいない。
まもなく冒険者ギルドの建物が見えて来る。
広大な敷地の中に建つ、5階建ての大きな建物。
正面の門では、金属鎧を纏ったふたりの屈強な門番が、いつものように出入りする人間をチェックしていた。
ダンはこの前同様、無言で手を挙げると、門番達はスルーで通す。
一方、ヴィリヤ達は一旦止められたが、冒険者ギルドにエルフの冒険者は多数登録している。
人種的に違和感がないのと同時に、ゲルダが身分証を提示する。
門番達に、王宮魔法使いとその副官を、拒む理由などありはしなかった。
確認に時間を要しなかったので、ヴィリヤとゲルダは急ぎダン達を追う。
ギルド内に入ると、ダンは係員へ何か申し入れをしていた。
ここまで来たら、直接話した方が良い。
だがヴィリヤは、臆していた。
ダン達に、ついて来たのはいいが……
これからどう行動したら良いのか、分からないのだ。
ゲルダは、ヴィリヤを可愛く思う。
『主』でありながら、やはり『妹』のように感じる。
「あ!」
ヴィリヤが声をあげたのは、ゲルダが手を強く掴んだから。
戸惑うヴィリヤを、ゲルダは「ぐいぐい」引っ張って行く。
ギルドの、職員と話しているダンへ声を掛ける。
「ダン!」
ゲルダの、声を聞いて振り向くダン。
少しだけ、笑っている。
「おう……やっぱり来たか」
「もう! この人達ったら!」
声を掛けたゲルダを、ダンは澄まして、エリンはふくれっ面で返す。
エリンの態度を見たヴィリヤも……渋面だ。
微妙な雰囲気だが、ゲルダは構わず問う。
「ダン、何かあったんでしょう? もし良かったら協力するわ」
しかし、ダンが返事をする前にエリンが大声で遮る。
「要らない! エルフの協力なんか!」
エリンの声には、苛立ちと敵意が籠っていた。
ゲルダは、大袈裟に肩をすくめる。
「私達、エリンさんに……凄く嫌われているみたいね」
ゲルダの呟き……
エリンは、その言葉にも敏感に反応する。
「当然でしょう! ダンを追いかけて、勝手に勇者亭に来て、またこんな所までついて来て! 貴女達は全く関係ないんだもの」
エリンは、怒っていた。
我慢にも限度がある。
他人の生活に入り込むエルフは、何てずうずうしいのだと思う。
「俺達には全く関係ないか……確かにエリンの言う通りだな」
「そうでしょう!」
しかしダンは、何やら思うところがあるようだ。
「だが……協力する、か……良いだろう。一緒に話を聞いて貰うぞ」
エリンは吃驚した。
何故、無関係なエルフを、捜索にわざわざ巻き込むのかと。
「ダン!? ど、どうして?」
「エリン……今回の件は、禍を転じて福と為すかもだ。そんな予感がする……俺に任せてくれ」
エリンが非難の目を向ける中で、ダンは謎めいた言葉を返したのであった。
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