帰宅
俺は白雪さんを連れて家に行きます
「ふぅ、やっと帰ってこれた」
俺はようやく地上に戻ってこられた。
結局、トンネルを出るまでに1時間以上かかってしまった。
「あの、本当に良かったんですか?」
隣には化け狐の白雪さんが心配そうな顔をして俺の顔を見つめている。
「さあな……」
外に出ると既に夜だった。
空は澄んでおり、月の光が優しく降り注いでいた。
高台からは、対岸の北海道が一望できた。
海の向こうに広がるのは広大な大地。どこまでも続く水平線と、それに連なる山々。そして、それら全てを包み込むように輝く星たち。
北海道から見る景色とはまた違った魅力がある。
「あっ、待って下さいよ」
後ろから声が聞こえる。
振り返るとそこには、昨日まではいなかったはずの美女がいた。
「あの、どうして付いてくるんですかね?」
「もう、酷いじゃないですか。せっかく人間になったのだから、お話ししながら帰りたいと思いまして」
俺の隣には狐が一匹。
いや、今は人間の姿になっている。
ホンドギツネとか言っていたか。
ホントかどうかは知らないが、エキノコックスだけは気をつけないとな。
まぁ、確かにこの人は綺麗だし、会話くらいなら付き合ってもいいだろう。
それにしても、俺はこんな人と何時間も同じ空間にいたのかと思うと、少し怖くなる。
さて、これからどうしたものか。
「取り敢えず車に乗りません?歩きながら話すのもアレですし」
「えっ、良いんですか?」
「だって、こんな誰もいないところに置いていくわけには行かないでしょう?それに、今はまだ大丈夫ですけど、そのうち吹雪になるかもしれませんし」
「そうですよね。すみませんでした」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「それで、あなたは何者なんですか?」
俺は運転席に座っていた。
隣には助手席で大人しく座っている女性がいる。
「えっ?先程話したではないですか」
「あれだけでわかると思いますか?」
俺は呆れていた。
まさか、さっきの自己紹介だけしか聞いていなかったなんて。
「私の名前は、白雪と言います」
「えっと、それだけですか?」
「はい、これだけですが?」
彼女はキョトンとした顔で答えた。
「いや、名字は?」
「えっ、そんなもの必要ですか?」
「一応」
「人間って大変ですね。いちいち名前を付けないといけないんですか?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……そうですね。じゃあ、白雪っていう名前は誰が付けたんですか?」
「もちろんわたしですが?」
彼女は当然のように答える。
「えーと、じゃあ家族はいますか?」
「いいえ、今はいません」
「最後に、年齢は?」
「うーん、忘れちゃいました」
俺は頭を抱えたくなった。この女、何も分かっていない。自分のことがわかっていないのだ。
「あの、よく考えてみてください。あなたのことは誰も知りませんよね?戸籍もないんですよ?つまり、あなたの身元を証明するものが一切ないのです」
「でもスマホは持ってますよ?ほら?」
そう言って彼女は胸元からスマホを取り出し、画面を見せてきた。
「わたしはこれで十分です」
ダメだ、全くわかってくれない。
「はぁ、もういいです。とりあえず、僕の家に来ますか?」
「本当ですか!?」
「嘘ついてどうするんですか……。それと、僕は貴方の夫ではありませんから」
「別に構わないじゃないですか。私はあなたと結婚したと思ってるのですから」
「それは無理がありますよ……」
俺は思わずため息が出た。
「それでは、お言葉に甘えてご一緒させていただきますね」
白雪さんは嬉しそうな顔をして俺の方を見つめてくる。
「はい、どうぞ」
俺はそう言うと、車を発進させた。
「それで、旦那様はどこに住んでるんですか?」
「僕のこと、夫扱いしないでください。というか、その設定まだ生きてたんですか?」
「当たり前じゃないですか?」
「まぁ、もう好きにして下さい」
「ふむ、どうやら私の美貌が恐ろしいようですね」
「……」
「無視ですか……。ところで、旦那様」
「何ですか?」
「どうして、あの時私と会おうと思ったんですか?」
白雪さんが突然質問してきた。
「どうしてって言われても……なんででしょうね?」
俺にもわからない。
ただ言えることがあるとすれば……
「直感でしょうか?」
「直感?」
彼女は驚いたような顔をしてこちらを見つめている。
俺も自分で言っておきながら驚いている。だが、本当にそうとしか言いようがないのだ。あの時はただ、この人を放っておくのはまずいと、何故か思った。
そして、実際に会った時に確信に変わった。この人は放っておいたらダメだと。
「そうですか。やはり、わたし達は運命の赤い糸で結ばれているのですね」
白雪さんは少し恥ずかしげに微笑んだ。
「そういうことにしときましょうか」
俺は苦笑いしながら答えた。
「あの、さっきから何をされているんですか?」
「見ての通り、Twitterです」
「えっ、狐なのにアカウント持ってるんですね」
「はい、便利ですよ。あっ、そうだ」
「どうかしました?」
「これを見て下さい!」
彼女はスマホの画面を見せて、得意気に言った。
「なるほど、これが人間の文明ですか……」
俺は彼女のスマホの画面に表示されたSNSのページを見た。
そこには、先程彼女がツイートした内容が書かれていた。
『フォロワー数0』「……」
「どうですか?凄いと思いませんか?」
「えぇ、そうですね」
俺は適当に相槌を打った。
すると、彼女は少し寂しそうな表情をしたように見えた。
気のせいだろうか。……
「着きましたよ」
「ここがあなたの家ですか?」
「ええ、まぁ」
俺たちは今、家の中にいた。家は木造の築古アパートだが、田舎なので中は広い。
白雪さんには取り敢えずリビングで待っていてもらっている。
彼女は興味深そうに辺りを見回していた。
俺は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してコップに注ぐ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうな顔をしながら受け取った。
「それで、これからどうしますか?」
俺は彼女に尋ねた。
正直、困っていた。
「うーん、そうですね。まずは自己紹介をしませんか?」
「確かにそうですね」
俺は同意した。
お互いのことを何も知らないままでは話が進まないだろう。
「じゃあ、僕から。僕は北海道出身の24歳の北見北斗です。現在は青函トンネルの保守関係の仕事をしています」
「ふむ、私は白雪と言います。一応、妖怪です」
「ちなみにどんな種族なんです?」
「よくぞ聞いてくれました!私の種族は九尾の妖狐です!」
彼女は胸を張って答えた。
「はぁ」
俺はため息が出た。
どう考えても嘘だろ。
「信じていませんね?」
「そりゃそうでしょう。だってさっきホンドギツネって言ってたじゃないですか?」
「バレてしまいましたか……。でも、九尾の狐なのは嘘じゃありませんよ?ほら」
彼女はそう言うと、突然変身し始めた。
そして、みるみると大きくなっていく。
「わっ!?」
俺は思わず尻餅をつく。
白雪さんは俺を見下ろす形になる。
「どうですか?」
「……」
「どうですか?」
「はい、わかりました。もういいです」
俺は呆れて答えた。
「あらら、振られちゃいましたか」
彼女はそう言いながら元の姿に戻った。
「そもそも、なんでこんなことするんですか?」
「それはもちろんアピールのためですよ」
「アピール?」
「ええ、わたしはあなたと結婚したくて、Twitterで呼びかけていたのです」
「えっ、何でですか?」
「もちろん愛してるからですよ?」
「いや、だからなんで俺なんですか?」
「それは……直感でしょうか?」
「はぁ……。セフレ募集にたまたま僕が引っかかっただけじゃないか……」
俺はため息混じりに呟く。
「いえ、違います。これは運命の出会いだったんですよ」
白雪さんは自信満々に答える。
「運命って、ただの勘でしょう?」
「はい、そうですけど何か?」
「はぁ、なんでそんなに結婚にこだわるんですか?」
「ふむ、何ででしょうかね?」
白雪さんは首を傾げながら言った。
「いや、わからないんですか?」
「はい、全く」
「あっ、ちょっと待ってください」
「まだあるんですか?」
「はい、私達夫婦なわけですし、ここは旦那様の家ですからやることは一つしかないと思います」
「いや、意味わからんのだが」
「大丈夫です。優しくしますので」
彼女はそう言って微笑んだ。
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「ふふっ、冗談です」
俺は安堵した。
彼女は俺の隣に座ると、肩を寄せてきた。
彼女の体温を感じる。
良い匂いが鼻腔を刺激する。…… しばらく沈黙が続いた後、彼女が口を開いた。
その声はどこか寂しげで、切ない響きがあった。
白雪さんは静かに語り始めた。
「私はずっと独りで生きていました。寂しくて、悲しかった。でも、あなたが来てくれました。あなたの笑顔を見る度に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚になりました。これが恋というものなのかなって思いました。……こんな気持ちは初めてです。あなたと一緒にいるだけで幸せな気分になれて、心の底から笑えてしまう。不思議な感じです。初めて会ったはずなのに、まるで昔から知っていたかのような安心感があるんです。この感情が何というのか知りません。けれど、これだけは言えます。私はあなたを愛しています」
彼女は真っ直ぐに俺の目を見て話していた。
彼女は一通り話すと、恥ずかしそうにはにかんだ。
「え?嘘でしょ。だって旦那居たんでしょ?」
「いやアレは、狐としての本能ですし、あの時は化けれなかったので……」
「……」
「人間としてはヴァージンです」
「いや、言わんでいいから」
「ふむ、そうですか?」
「ところで、どうして僕のこと好きなんですか?」
「それはですね……。一目惚れです!」
「はぁ」
俺はため息が出た。
「では、次は私の番ですね」
彼女はそう言うと、おもむろに服を脱ぎ出した。
「ちょっ、何をやってるんですか!?」
俺は慌てて服を着せる。
「あら、お気に召しませんでしたか?」
「当たり前でしょう!」
「えっ、人間って服を着たままできるんですか!?」
「まあ、できなくはないですけど……」
「じゃあさっきの続きをしましょう!さぁ、早く脱いでください!」
「いや、無理だから」
俺は即答した。
「なんでですか?いいじゃないですか」
「そんなことよりも、今後の事を話し合いたいんだけど……」
「うぅ……。わかりました」
彼女は渋々納得してくれた。
「まずは、これからの事について話し合おうと思う」
「はい」
「とりあえず、しばらくはここにいてもらって構わない」
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。
「そういえば、スマホはどうやって手に入れたんですか?買えないんじゃ?」
俺が尋ねると、白雪さんは答えてくれた。
「ああ、それはですね。拾ったんですよ」
「拾った?」
「はい、变化ができるようになった頃の話ですけど、その時に変な男に捕まって、無理やり車に乗せられそうになったので、思わず变化を解いて噛みついてしまいましてね。その時に」
「ちょっと待ってください」
「どうしました?」
「色々とツッコミどころがありすぎてどこから突っ込めば良いかわかんないんですけど」
「ふむ、そうですか?」
「じゃあ、充電はどうしてたんですか?確かコンセントとか無かったですよね?」
「それは、こうするんですよ」
そう言って彼女は両手を前に突き出すと、手から電気のようなものが放出され、それがケーブルを通ってスマートフォンへと流れていく。
「おおー」
「ふふん、すごいでしょう」
彼女は得意げな顔をして言った。
「これは、妖術というやつですか?」
「いえ、違います」
「えっ違うの?」俺は驚いて聞き返した。
「はい、妖力です」
「同じじゃん!」
「ちなみに、旦那様も使えますよ」
「マジで?」
「はい、試しにやってみてください」
白雪さんは俺の手を取ると、妖力を流してきた。
すると、身体が熱くなり、全身に力がみなぎってくる。
「おぉ、なんか凄いなこれ」
「はい、これが妖力で、これを変換させると電力になるわけです」
「いやいや、おかしいだろ」
俺は思わず声に出してツッコんだ。
「どうかしましたか?」
「いや、だって……普通に考えてあり得ないでしょ」
「何がですか?」
「えっと、そもそも妖力とか言われても、僕にはよくわからないし」
「そうですか?わたしは九尾の狐ですよ?当然じゃないですか」
「いや、僕は人間だし……」
「妖力をちょっと移しただけですよ?問題ありません」
「えぇ……」
「あれって、つまりそういうことです」
「どういうことだよ!」
「まあまあ、細かいことは気にしないでください」
「細かくねぇわ!」
俺は思わず大声で叫んだ。
「うるさいですね……。近所迷惑になりますよ」
「誰のせいで叫んでると思ってるんだよ!」
俺はまた声を上げてしまった。
しかし、白雪さんは涼しい顔だった。
「ふむ、今度は何を見ているんですか?」
「いや、何でもない……」
「さっきから何をしているんですか?」
「見りゃわかるでしょ。調べ物」
「何をですか?」
「狐のこと」
「えっ、私のことですか?」
「うん。だって白雪さんと喋っててもらちあかないからさ」
「失礼ですね!私はちゃんと話してるじゃないですか!」
「いや、さっきから一方的に喋られてるだけだよね?しかも僕の質問に対して何も答えてないし……」
「うぅ……。ごめんなさい……」
「はぁ……」
俺はため息をつく。
「それで、何かわかりましたか?」
「そうだね……。流石にネットには詳しい情報は無いみたいだけど……」
「当たり前じゃないですか。私が正体を隠しているの忘れたんですか?」
「あっ、そうか……」
「それにしても、私のことを調べてくれていたんですね」
「そりゃ、一応白雪さんを保護したからさ……」
「あら、嬉しいことを言ってくれますね」
彼女は嬉しそうに微笑みながら言った。
俺の疑問は解決しそうにないので本題に入ることにした。
「それで、白雪さんはどうしたいの?」
「そうですね……。特にありませんね」
「え?」
「だから、特に無いです。ただ、あなたと一緒にいたいだけです」
「いや、それだけ!?」
「はい」
俺は頭を抱えた。
「いや、もっとあるでしょ?ほら、復讐とか……」
「そんなのどうでもいいです。それより、今はあなたのそばにいたいんです」
「そっか……」俺は少し考え込んだ。
そして、一つの結論を出した。
「わかったよ。しばらく一緒にいていい」
「ありがとうございます」
彼女は笑顔を浮かべると、俺に抱きついてきた。
「ちょっ、何してんの?」
「いえ、別に。抱きしめたいと思ったので」
「なんで?」
「私、寂しかったんですよ。ずっと1人で、誰も話し相手がいなくて……」
彼女は涙目になっていた。
気丈に振る舞っていた彼女だが、やはり心の傷は深かったようだ。
俺は彼女の頭を撫でる。
すると、彼女は気持ち良さそうな顔をして、目を細めた。
その姿が可愛くて、愛おしくなった。
俺は彼女を優しく包み込むように抱擁する。
すると、白雪さんも俺のことを強く抱きしめてくる。
俺達はしばらくの間、お互いの存在を確かめるかのように、そのままじっとしていた。
「取り敢えず明日はエキノコックスに感染してないか確認しましょう」




