残光の主人
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、外へ出る時にケータイをどこへしまっておくか、決めているかい?
僕はここのところ、カバンの中へしまっちゃって、乗り物の待ち時間などでも、いじくることはあまりしない。
ここのところ、バッテリーの調子が悪くてね、すぐ熱くなっちゃうんだ。身体に近いところにしまっておくと、その傾向がなお顕著だ。
ラインが届いて、すぐ反応できなかったりすると最悪。みるみるうちに、風呂と同等くらいの熱さまでバッテリーが過熱。冷めるまで再起動連発コース入りだ。
――さっさとバッテリーを取り換えればいい話?
いやあ、ガラケーの頃ならそれでよかったよ。自分で簡単に交換できたからね。
でも、このスマホはお店に預けないと、バッテリーが交換できないようで。しかも戻ってくるときには、入っていたデータが全部消えちゃうって話じゃない?
保存すれば、とはいってもその手間も惜しいしね。だったらだましだましでも、手元に置き続けていた方がよっぽど安心する……うーん、立派な依存症かもね、これは。
でもね、僕が肌から離してケータイを持つのには、もうひとつ理由があるのさ。友達から聞いた話なんだけど、耳に入れておかないかい?
友達の友達のことなんだけどね。その人が持っているケータイはやけに、受信ランプが強く光っていたらしいんだ。
受信ランプの点滅が分かりやすいように、外側から取り付けるアクセサリーがあるのは、君も知っているだろう。友達のランプは、そのアクセサリー抜きでも、服の生地越しに分かるほど、強く光っていたんだ。
その友達がある日、ちょっと寝坊をしてしまった。
急げばまだ間に合う時間だったから、持ち物の確認もそこそこに、家を飛び出していったんだ。そして、ケータイを持っていないのに気づいたのが、最寄り駅へ着いて、定期券を出そうとしたときだったらしい。
戻っていたら間に合わない。切符で買うから出費も割高と、踏んだり蹴ったり。そのうえ暇つぶしの道具を他に持っておらず、頭の中で好きな曲を延々流し続けるしか、手が思い浮かばなかったらしい。
目的の駅まで15分。フルで3曲も流せば、ちょうどよい時間になるはずだ。
ところが、今日はやけに乗客の視線が気になる。
友達が立っているのは、乗車口より少しだけ奥に入ったところ。人が多いと、乗り降りの際に押されたり、引っ張ったりされるポジションでもあった。自然、他の人との接触も多くなるけど、友達のそばにおさまる人たちは、ときおり友達のブレザー、その胸元をちらちらと見てくるんだ。
男の胸なんぞ盗み見て、何が楽しいのやらと、電車に乗っているときは思っていた。けれども学校へ着いても、チラ見をする人がおり、とうとう教室でクラスメートのひとりに突っ込まれた。
「ケータイが何か受信しているぞ」と。
友達のランプの光が強いのは、クラスメートならすでに把握している。これまでにも何回か通知に気づかないまま、誰かに指摘されたことがあった。今回も、クラスメートにとっては、その数あるうちの一回のつもりだったろう。
でも友達からしたら、鳥肌が立ちかねないことだ。まさか、と懐のポケットに手を突っ込むも、やっぱりケータイの感触はない。
さっと落とした視線の先では、ポケットの口のあたり。突っ込んだ手の手首近辺で一度だけ、ぼんやりと緑色の光が灯って、すぐに消えたんだ。
間違いなく、通知を受信したときの明かり。そして充電がほぼ完了したときに漏れるのと、同じ色でもあった。
光ったのはわずかに一回。それもこの朝のときだけ。以降はいくら目を凝らしても、時間がたっても、その日のうちは光を目にすることはなかったんだ。
ただ翌日も、しばしば通知の光を友達は確認した。ケータイがないときのケースはもちろん、ケータイが入っているときでも、遠慮なく光る。本物の通知に混じった、にせものの輝きとして。
ケータイに触り、実際には通知がきていないことを見て、そのたび友達は舌打ちした。これ以上惑わされるのもごめんで、とうとうケータイをカバンの中へ押し込み、一区切りがつくまでは手に取らなくなっちゃったんだってさ。
それでも制服、私服の別を問わずに、いつもケータイを入れていたポケット類は、ひんぱんに緑色の光を放っていたみたいなのさ。
そしてある休みのこと。
ぱっと目覚めた友達は、すぐそばの窓を見て「うっ」と息を呑んだ。
室内干し用に、鴨居とカーテンレールに引っ掛け、部屋の真ん中へ渡した物干しざお。そこに干していた制服、私服類のほとんどが外れて、窓へひっついていたんだ。中には、ハンガーがずれ落ち、生地だけでひっついている姿も見られたんだ。
友達はまず戸締りを確認する。泥棒の仕業かと思ったんだ。もちろん、入った泥棒が自動的に、再び密室へ戻すトリックを施しているかもしれないが、念のため。
しっかり鍵がかかっていることを見やり、友達は一枚一枚回収。ハンガーを改めて通し、竿へかけていく。
その際、どの服もまたポケットの辺りで、ぼんやりと緑色を明滅させていた。今度は一回だけじゃなく、時間をおいて何度もだ。
怪訝そうな顔をしながらも、友達は手すきになった窓、その外にある雨戸を開けて、外の光を存分に中へと導き入れる――。
そのわずかな間だった。
ずるりと音がしたかと思うと、制服の一着が勢いよく、室内から室外へ飛び出していったんだ。とっさに振り返った友達が見たのは、先ほど竿にかけた服やズボンたちが、宙を飛びながら、こちらへ殺到してくる様だったんだ。
ボタンダウンのシャツが、「邪魔はさせん」とばかりに、真っ先に友達の顔面に直撃。はぎ取ろうとする間に、友達の横では次々に窓を揺らしながら、衣服の飛び出している気配がしていた。
どうにか引きはがすも、そのとたんにシャツ自身も磁石に引っ張られるかのごとく、友達の両手をもぎ放って、同胞たちの後を追った。
休日の朝の空を、まるでカラスの群れのように、友達の衣服が飛んでいく。やはりシャツの胸や、ズボンの尻からは、例の緑色の光をつけたり消したりしながら。
その日以来、友達のケータイの通知ランプは、うんともすんともいわなくなった。
通知以外にも、あらゆる光るべき場面で、まったく反応を示さなくなってしまったのさ。受信や充電の機能そのものは、問題なく動作するそうだけど。
友達はこの件、ケータイをポケットに入れたことで長いこと閉じ込められた「光」たちが、反旗を翻したんじゃないかと思っているらしい。
服に押し込められるばかりだった彼らが、今度は逆に服の主人に取って代わって、より広い世界へ飛び出していったのだろうな、とね。