十年後、伝説の樹の下で告白しても「もう遅い」
母校に行ってみよう、なんて誰が言い出したんだったか。
十年目の同窓会。久しぶりの再開にはしゃいでいたら、自然とそんな流れになっていた。
卒業以来一度も訪れる事の無かった校舎は、記憶より小さく感じる。
校舎前には、青春を懸けて練習したグラウンド。そんな思い出も、もう遠い昔の話だ。
ふと校舎裏に足を向けると、記憶と変わらぬ大樹がそこにあった。
「まだあったのか、これ」
卒業までにこの樹の下で告白した男女は、永遠に結ばれる。
そんな伝説があった樹だ。
在学中も、この樹の下で何組ものカップルが誕生していた。
しかし、そのカップルも大半はとっくに別れている。所詮は噂、そんな物だ。
「懐かしいね、この樹。変わってない」
不意に掛けられた声に振り返る。そこには、十年前よりも更に綺麗になった女性がいた。
野球部のマネージャーだった彼女。甲子園に連れて行く、そんな約束を果たせなかった相手だ。
「そうだね」
十年だ。
樹は変わっていなくても、俺はそれだけ年を取った。
あの頃の俺の予定では、今頃はメジャーリーグでヒーロになっていたはずだ。
実際にはただの会社員をやってる、至って普通の人生だ。
だけど、今はそんな人生も悪く無いと思っている。
……それだけの時間が経った。
「この樹の伝説、覚えてる?」
「覚えてるよ。君に告白しなかった事を、後悔しない日は無い」
俺は彼女に想いを寄せていた。
いや、過去形ではない。十年間、ずっと俺は――。
あの頃の俺は、告白出来なかった。
甲子園に行って、伝説になって、それから告白するんだ、なんて。そんな事を思っていた。
でも、俺達は甲子園予選で負けてしまった。驚くほど呆気なく。毎日の血の滲むような練習なんて、まるで存在しなかったかのように。今思えば……それもまた、よくある『普通』の敗北だった。
だけど、当時の俺はそう思えなかった。呆然として、学校にも行かなくなって。彼女に告白する資格なんて、もう無いと思っていた。
「私、期待してたのにな。試合に負けたって……私の気持ちは決まってたのに」
「……今からでも、やり直させてくれないか」
普通じゃいけない。伝説にならなきゃいけない。
あの頃は、そう思い込んでいた。そうでなきゃ、全て失敗だと。
でも、それは間違いだった。
「君が好きだ。あの頃も、今も」
「もう……遅いよ。バカ」
少し拗ねたように言いながらも、彼女は微笑む。
伝説は、もういらない。
俺達は、『普通』に幸せになれるんだから。