話を聞け
久しぶりの地面だ、と言おうとして、それは音に鳴らず空気に解けた。
私の瞳は、なにを映している?
場違いな程煌びやかな空間。
天井は高く、シャンデリアが見える。
地べたに座り込んでいる私を包むのは真っ赤な毛足の長い絨毯。
そして私たちを取り囲むようにして沢山の人々が集まっていた。
「映画のキャスト?」
と見間違ってしまいそうな華美な衣装を着た人々。
オタクオタクと美沙に言われる私の頭は意外と現実的で、ありえない。ありえない。とガンガン警報を鳴らしている。
どちらかと言えば美沙のほうが喜びそうなこの展開は…
「おお、召喚は成功だ」
「黒髪だ」
「聖女様」
「待て、もう一人いるぞ」
ザワザワと遠慮なく好き勝手囁かれる言葉の最後、ハッと辺りを見渡す。
そんな遠くない場所に美沙はいた。
しかしグタリと地面に伏すその姿に私は慌てて駆け寄る。
「美沙?美沙っ、大丈夫、ねぇどうしたの?」
「き、」
小さな音を逃すまいとグッと耳を寄せる。
「気持ち悪い…」
ゴロリと仰向けになった彼女の顔色は可哀想なほど青ざめていた。
そっか、お酒飲んだ直後にフリーフォールだったから…。
落ちてるわりにフワフワと緩やかなスピードだったとしても美沙は高所恐怖症。
ロフトベットですら上ったら降りれないっていうぐらいだもんね。
「うん、寝かしてあげたいのは山々なんだけど今は起きてほしいな。私を一人にしないでほしい」
「は?」
「落ちた先に人がいっぱいいるんだよ」
気付いてないでしょ?
「……ブラジルのみなさん?」
吹き出しそうになるのを堪えながら、もう一度私たちを遠巻きに見ている人たちを観察してみる。
白いローブを着て長い杖のようなものを持った人たちがまず視界に入る。
人数は12人。
その人たちは私と美沙を囲むようにして立っていた。まるで時計のようだ。
多分この人たちが私たちを呼んだんだろう。
神官?魔術師?魔法使い?
召喚に必要な力って魔力なんだんろうか…
ジッと私の正面に立っている人物を観察しているとその人は居心地悪そうに身じろぎした。
ごめんなさい。
えーと他は甲冑を着込んだ騎士。
その人たちは誰かを守るように陣を組んでいるようだ。
守るべき人物はっと…うん、カイゼル髭の如何にも王様ですって容姿のオジサマ。
トランプのようなデップリ太った体型ではなく、昔鍛えていたのが分かるようなガタイの良い人だった。
デブの王様だったら少し軽蔑するよね。自分だけブクブク太って文字通り私腹を肥やしてる王様ならだ誰もついて行かない。
まぁポチャぐらいなら許せるけど。
うーんと
「――あ、獣人発見」
「なんだと」
私の小さな声に耳聡く聞きつけガバリと勢いよく起き上がった美沙は爛々と輝かせた瞳で目敏くその人物を見つけたのだろう。
輝かせた瞳はそのままに、にんまりと口角が上がっていく。
まるでチェシャ猫のようだ。
「うわーリアル!え、てか何この空間。映画かなんか?」
私と同じこと言ってる。
まあ実際にそれしか思いつかないよ、こんなこと。
もしかしてモニ〇リン〇かな。とカメラ探すけど、実際に私たちは≪落ちて≫きてしまった。現実的にありえないって思っても、あの有名なセリフのとおり『ありえない、なんて事はありえない』んだ。
腹は括った。何が来てもドンと来い!よ。
「突然呼び出して申しわけないが、世界を救ってほしい」
「ほんっと突拍子もないな」
「あー…世界を救うっていう新型体験アトラクションかな?」
遊園地とかで一度謎解きゲームやったよね。あれ結構楽しかったからもう一度やりたいなと思ってたんだよね。うん、アトラクションだと言ってほしい切実に。
というか行き成り本題に入るのはやめよう?
これってまるっきり美沙の好きな異世界ファンタジーだよね。
私は転生とかトリップってあまり好きじゃないから読まないんだけど、日本から異世界に召喚された女子高生が世界を救う!そして最後には王子様と結ばれる的な話だよね。
私、本日をもって26歳になったばかりの四捨五入で三十路なんですけどいいんですかね?
「黒髪に黒目、そしてなんといってもこの手の甲に描かれた聖紋こそ聖女の証。どうかこの国を、世界をお助けください」
突然右手を壊れ物を触るように優しく触れられ一瞬ドキリとする。
恐る恐る握られた手をたどって人物の顔を拝見すると、あぁ『眩しい』って表現はここで使うのかと思えるほどのそれはそれは美しい顔が目の前にあった。
え、待って突然のイケメンに耐性ついてないから灰になりそう。
「…ん?せいもんって何ですか?」
自分の右手を見てみると赤色のタトゥーのようなものが描かれていた。
いつの間に、と思いながらも指で擦るように触っても勿論消えることはない。
羽根のような紋様のそれは…少し中二心が刺激される。
「聖紋とは召喚によって呼び出した人物が聖なる力を持っている場合によって現れる物、だと代々言伝えられているのです」
「聖紋を持たない人もいるんですか?」
「そうです、あちらの彼女がそうであるように」
同じように視線を辿るとそこには呆気にとられた表情の美沙がいた。
ということはつまり…美沙を差し置いて私だけが聖女ってこと?
「私ひとりだけ…。あれ、でも最初に黒髪黒目って言ってましたよね?その色を持ってると何か意味があるんですか?」
「黒色とは魔力を多く持つ者だけが持てる色なのです。初代の聖女様も黒色を二つ持っておりました。ですがそれ以降の聖女様は淡い色の方ばかり。300年ぶりです、お二つ黒が揃うのは」
二コリと微笑まれて少し絆されそうになったけど、こういうタイプのイケメンは自分の容姿を有効活用して事を上手く転がすのが得意なのよね。
オタク情報でいろいろ習ったから私には効かないわっ!お姉さんを舐めるんじゃないわよ。
負けじとニコリと微笑みかえすと、相手は自分の笑みが効かなかったことに驚いたの目を見開いた。それでもほんの少し動いただけだったけれど。
「私には聖女という役柄は荷が重いので辞、」
「質問いいですか?」
私のセリフを遮るように、はいと行儀よく腕を伸ばしている美沙に何を言うのかと不審に思いながら見ていると、彼女を促すように王様は頷いた。
「魔力はあっても聖紋を持ってないあたしはどうなるんですか?
いきなり呼び出しといて聖女じゃないから城から追い出す、ってことはないですよね?」
眉を下げつつ、口角は緩く上げる困り顔、だが目は笑ってない。
そんなことをしたらお前らどうなるか分かってんだろうなアァン?(想像)とでも言いたげだ。
背筋がブルっとしたよ。
「聖女様のご友人にそんなことはしない。そもそも無理やり呼び出したのは我々だ。客人として丁重に遇する」
王様の優し気な表情にふと息が抜ける。
ありがとうございます、と頭を下げた美沙は数秒後、ポンと私の肩を叩き清々しいほどの笑顔で「頑張れよ、聖女様」と言うのだ。
「ちょっと待って!?なんで確定なのっ、私断ろうと「さて」?!」
「聖女様とご友人に部屋の用意を。その間に大浴場へ。和の国の者は風呂を好むと聞いておる」
パンパンと王様が両手を叩くと、奥に控えていたメイドさん方が音もなく現れた。
いやいやちょっと待ってください!
なにか私が『聖女』で『この世界を救う』ってことで話が決まってない?
そんな大層な役が私に務まるわけないでしょ!!?
「というか私の話を聞いて!!」