異世界への一歩
魔法陣に包まれ、眩い光に目を閉じる。
光が止んで目を開くと前にいた世界と似た世界が広がっている。
「あんまり異世界って気はしないな」
何か面白いことがあるかと囁かな期待をしたが何もなく拍子抜けした。
「まずは情報収集からか」
そう言うと、風魔法で遥か上空まで飛翔する。
ある程度の高度まで飛び上がり辺りを見回す。
人の姿があまり見えずに上空をうろうろしていると
「誰か助けて下さい!」
運よく人がいたが、魔獣に囲まれ今にも食われそうな勢いだ。
「第一異世界人発見」
と明るく言ってみたが流石にそろそろ処理とマジで死んでしまうので上空から魔法で氷の剣を作る。
見た目は確認出来ないが当てなければ問題ないと思い、風魔法で加速された氷剣は物凄いスピードで下降し魔獣を粉々にしてしまう。
少女は今起こった事が理解できないのか、
氷剣が降ってきた上空を確認すると俺の姿を視認しさらに怯えた表情になってしまった
今の俺の装備は全身が真っ黒な鎧を身につけて上空を飛んでいる。
魔獣に襲われるより怖い状況に陥ったと考えてもおかしくない。
取り敢えず、怯えている少女の近くに着地する。
性別は女性、職業はどうやら魔道士のような格好をしている。しかし、どうやら魔力を使い果たし、彼女の魔力残量は初級魔法一回程度しか残っていなかった。
この状況をどうしようかと悩んでいると近くから仲間達がやって来た。
「フラン大丈夫か?急に居なくなったから心配したぞ」
リーダーのようなまだ若い少年がフランと呼ばれた少女に駆け寄る
「はい大丈夫です、彼?が助けてくれたので」
俺に目を向けると少年が驚いた表情とともに俺に近づく、身長の差もあまりないので整っている顔が目と鼻の先に近づく。値踏みするような視線に不快感を覚えるが直ぐに離れていった。
「俺の仲間が助けてもらったみたいだなありがとう、それでなんだがあんた俺の仲間にならないか」
まさかの勧誘に面食らったが、行く当てもないので取り敢えず頷く。
「俺はカラサキ=トモヤ、勇者をやっている」
前までなら勇者と戦ってみたいと思っていたが、今はそんな暇はないので我慢した。左程目の前の相手から強い気がしないが、彼の腰に携えている剣からは
「俺のことはギルと呼んでくれ 戦闘職はこれといってない」
鎧で素顔の見えない俺を、無警戒で仲間に勧誘して大丈夫かと思ったが、ラッキーぐらいの感覚で納得することにした。
軽く握手を交わし、残った二人にも自己紹介もしてもらう。
「私はアンジュ=キリ、戦闘職は武闘家でよろしく〜」
随分と抜けてるように見え、彼女が戦いを任せて大丈夫なのかと不安になる。
「先程はありがとうございました。私はフラン=ニークス、戦闘職は魔道士です」
前衛二人に後衛一人バランスは取れているがフラン一人じゃ支援と攻撃魔法を両方補うことは難しいだろう。
「俺も一応は魔法が使えるし魔道士でいいか?」
「別にいいんじゃないか、まぁ俺に掛かればどんな魔獣も一撃だがな」
高笑いと傲慢な態度に少しばかりイラッとするが気にしないようにする。
「これからどうするんだ勇者さん」
「取り敢えず街に向かって宿に泊まるか」
アンジュが賛成と呑気に声を上げ賛同する。
さっき上空から見たところ一番近くの街までは結構遠くないところにある。今日の日入りまでに着ければいいが…。
「それじゃレッツゴー」
ほんとに大丈夫かこのパーティ…。
腑抜けた勇者の掛け声とともに俺たちは街へと歩き出した。
▼▼▼
「ギール魔法頼む」
目を閉じて魔力をコントロールする――想像するのは風の槍
それを魔力をコントロールし形を紡いでいく。
すると、魔方陣が出現してから緩やかな風と無数の風の槍が出現する。
まっすぐに魔獣へと放たれた槍を躱すことも出来ず魔獣を魔石へと変えた。
「やっぱり俺の見込み通りギールがいれば魔道士職は安泰だな」
殺気の余裕はどうした、と言いたいがグッと堪える。トモヤは実力自体は勇者と呼ばれてるほど逸脱した能力はないが持っている聖剣は強力なものだった。
「だね〜魔法の威力も強いし、居てくれれば百人力だよ〜」
フランがせっせこ魔石を拾ってる中、二人が俺を褒めに態々近寄ってくる。腕を組み無言で聞いている。
元々寡黙ってことで喋らなくても不自然ではなくなったが、旅の途中のフランの様子は少し気になった。
フランは魔法が使えないこんな状態でも何とか役立とうと荷物持ちを率先したりしてた。
今も魔石拾いを必死にやっている。
この二人はその優しさに甘んじて、面倒ごとは全てフランに押し付けては二人で楽しくお喋りをしていた。
これ以上待ったら時間がかかり過ぎるので
俺は魔法で小さな風を起こし、フランが持っている袋に一気に魔石を運んだ。
「ありがとうございます、すいません私がのろくて…」
引っ込み思案な性格のせいでこの二人にもあまり意見出来ていないようだった。
それにしても前の二人の態度は随分と癪に障る。
「フラン、もう少し早く集めろよな」
こいつ何時か痛い目に合わせよう…。
心の中でそう決意した。
魔力枯渇の影響で足元が覚束ない、少しずつ俺たちと距離が空き始めた。
前二人にアンジュとトモヤ、後二人は俺とフランの二列だ。
フランは基本的に誰かを頼ることはしない。
今も俺が肩越しに見ると、目が合ってしまい。
歩くスピードを上げようと必死にするがあまり速度は変わらない。
いい加減に我慢の限界なので、俺は魔法でフランの身体を少しだけ宙に浮かばせる。
急に地に足が付かなくなって焦ったのかバタバタと足を動かす。
「人のことはちゃんと頼れよ」
風を操って俺の隣にさせるとそのまま四人で街に向かってそのま歩いて行った。
「どうしてですか?」
二人には聞こえない声で俺に聞いてくる。
彼女の顔が少し赤いのは今までにない感覚を楽しんでいるからだろう
「俺がしたかったから、それ以外に理由はない」
本当の理由は重なってしまったから親友と、誰かのために何かを必死にやる姿に…なんてことは言わない。
「すいません、私が魔法使えないのにこんなことまでしてもらって」
少し悲しげな微笑みに俺は得体の知れない気持ちが湧いてきた。
この女の子の少しは報われることを祈っていよう。
▼▼▼
「取り敢えずここで一泊して明朝に王都に向かおう」
ギリギリ日入り前に宿に着くことに出来たはいい。
しかし、問題は部屋割りにあった。何故かフランと俺、アンジュとトモヤの二人二人で分けられてしまっていた。
後衛二人の信頼関係をもっと深くすれば連携しやすいだの、
色々理由を付けられて本心はきっとアンジュと二人っきりになりたいだけなんだろと思ったが深くは追及しない。
フランも大して反抗もせずに普通に部屋へと向かって行った。
部屋自体はそこそこの水準は満たしており、部屋が二つにお風呂が一つの付いている。
部屋に入ったはいいが何とも気まずい空気が二人の間に流れている。
今日会ったばかりで何も話すことがなく、無言のまま時間が過ぎていく。
「私少し外を見に行って来ますね」
この空気に耐えられなくなったのか、フランが立ち上がり部屋を出ていった。
「カラボス、鎧を解け」
俺がそう命ずると鎧は一人の美少女へと姿を変える。
背中まで伸びたストレートの黒い髪。青色の瞳はどこまでも深く
どんな宝石ですら適わないように輝いて見える。
無機質な表情はどこか神秘的な雰囲気を纏っている。
その姿はあの女神と遜色ないほど綺麗だった。
「カラボス、魔王の所在は分かるか」
「北と東に一人づつは確認出来ました、恐らくですが魔王様が行こうとしていらっしゃる王都の先に一人いることから
東西南北それぞれに魔王がいるかと」
カラボスの言うことは恐らく当たっている。
この世界に来た瞬間に四つの同族の強い匂いを感じた。
それがあの女神の言った通り四人の魔王なんだろう。
「魔王様、御用は以上で?」
「あぁ後は好きにしていい」
その言葉を待っていたようにいきなり俺に全力で抱擁してくる。
俺はそれを何事もないように受け止める。
普段のカラボスはとても甘えん坊なのだ。
元々厳格な剣精としていたが俺が甘やかしてしまったせいでこんな風に仕事が終わるとダダ甘えになる。最初のうちはその美麗な顔とふくよかな女性特有の膨らみに戸惑ったが、今では慣れたものだ。
「ギ~ル様、私はとっても寂しかったです!あれから中々私に構ってくれないし、一緒に寝ようとしたら剣に戻されて防がれるし…ということで私を甘やかして下さい」
先程の真剣な雰囲気はどこへやら…猫なで声が部屋に響き、今はほのぼのした雰囲気が充満している。取り敢えず頭を優しく撫でて落ち着かせる。
「すごく気持ちいいです、それでこれからどうするんですか?」
「まずはあいつらについて行って、魔王狩りをしてから他の三ヶ所も同じようにするって感じかな…」
「随分と余裕ですね、一応ギル様と同じ魔王ですよ?」
カラボスは冗談めかした表情で言っている。
魔王がどれだけ力を持っていようとも俺には関係ない。
たとえ魔王がどれだけ強敵であろうとも俺は殺せる。
それをしていないのは俺の中でまだ同族を殺すと言うことにどこか抵抗を感じているからなのか…。
「私はどんな時でもギル様の味方ですから…ギル様は何たって魔王様ですから何したって許されちゃうんです」
どこか誇らしげに胸を張る彼女に俺はつくづく俺の精霊になってくれて有難いと思っていた。
自己主張の激しい胸は放っておいて、ちょうどいいタイミングなのでフランが帰って来る前にシャワーを浴びてしまおうと頭を撫でるのを止め、シャワールームに向う。
「…どうして付いてくるんだ」
当たり前のように着いてくるカラボスに思わずツッコミんでしまう。
「お風呂でも主を御守りするのが私の役目です」
「またか…もういいや」
これ以上言い争っていたらいつフランが帰って来るか分からないので結局俺が折れた。
もう何度も一緒に入っているので大して気にはしないが
やはりカラボスの美貌に少しも意識しないと言えば嘘になる。
なるべく見ないようにしながらシャワールームへと入っていった。