碧の小さな事
いつもの様に気持ちよく目覚める。今日は昨日のような夢は見なかった。時間は6時。まだかなり眠いが二度寝するにも微妙な時間だった。仕方なくベットから起き上がり学校へいく支度を始める。制服に着替えて適当に朝食を取ると外へ出て自転車のサドルに股がる。駅に着き仕事へ向かう人達の波を掻き分け電車に乗り込む。電車に揺られ外の景色をぼんやりと眺めていたらいつの間にか学校まで残り三駅だった。電車が止まって慌ただしく人が出たり入ったりしている。その中に碧の顔があった。碧もすぐに俺に気が付いて隣に来る。丁度そのタイミングで電車が動き出し、よろけた碧が俺にぶつかってきたので片方の手で吊り革を掴みながら碧を受け止める。
「あっ、すいません!」
すぐに俺から離れて吊り革を掴むがその横顔は少し赤くなっているようで。かわいい。
「昨日は大変だったな。体はもう平気なのか?」
「あれくらい大した事無いですよ。ちょっと気を抜いていたから思いっきりダメージ受けちゃいましたけど」
笑顔で応えてくれる。そう言えば先生に怒られてる時、もう何でも無かったようにしてたもんなぁ。
「碧って身体鍛えてる?」
「そりゃまぁ多少は鍛えてますよ」
得意げに言うが少しだけがっかりした俺がいた。
「あー、もしかして腹筋割れてたり腕に力入れると結構硬めな力こぶとか出来ちゃったりしちゃうの?」
返事が無い。横目でこっそり碧の顔を確認するとむっとした顔で俺を睨んでいた。やっぱり聞いちゃダメだよねこういうのは。暫くの沈黙。隣で小さなため息が聞こえた。
「腕に力入れたって誰にでも出来る様な小さい力こぶしか出ませんし、腹筋だって割れてないです!…………あ、いえ、決して太ってる訳では無いですよ?ちゃんと締まるとこは締まってますから!」
ちょっとだけムキになって反論してくる。女子でも男子でも制服を着ていると身体のラインが良く見えないもので、太ってると疑う訳では無いが何となく腹部に視線を送る。視線に気付いた碧が少し恥ずかしそうにお腹を隠した後、
「もー、ほんとに割れて無いし、太ってもいませんよ!そんなに疑うなら触ってみればいいじゃないですか」
「…………へっ?」
思わぬ碧の発言に我ながらかっこ悪い声を出してしまう。女子のお腹とか触ったらセクハラになるんでは無いだろうか?この場合本人も良いと言ってるし大丈夫なのでは?それともちょっとしたお返しでお腹を触った瞬間、痴漢されました!とか叫んだりするのだろうか。その場合冗談じゃ済まされないけど。少し自分の中で葛藤した後、結局、欲には勝てないわけで。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えまして……」
少しドキドキしながら手を伸ばしたタイミングで停車を告げるアナウンスが流れて駅に電車が止まる。慌てて手を引っ込めて鞄を持って碧と一緒に降りる。がっかりした様なホッとした様なモヤモヤした後悔が自分の中に残っていた。定期券を通し、碧と共に改札を出る。
「凜〜!おはよう、いい朝だねっ!」
雪菜の声がして飛びついてくる。昨日の事があったせいか、つい雪菜を避けてしまう。避けた直ぐ後ろには碧がいて、慌てて止まろうとするが逆にバランスを崩してしまい碧に飛び付く形で倒れていく。
「いった〜」
「いたたたた」
碧は後頭部を擦りながら涙目で、雪菜はどことなく嬉しそうな顔でそれぞれ起き上がる。
「はぁ……朝から騒がしいな。何してるんだよ」
「何って凜と一緒に登校したいから待ってたんだよ♪」
呆れ気味に言うが無駄だった。どうやったら朝からこんなハイテンションでいれるんだか。碧は怖がって俺の斜め後ろをキープしている。そんな碧を雪菜はビシッっと指差して
「その子誰なの?電車の中で口説いて来ちゃったの??」
これはどうすればいいんだろう?昨日の出来事話しても無駄だしなぁ……碧の方を見ると自分から自己紹介してくれた。
「私は関科 碧。二年生です。凜さんとは生徒会で仲良くなったんです」
「え?」
振り返るけどどこ吹く風。俺、無所属ですが。雪菜は首を傾げて微妙な顔をしている。
「あ、あ〜そうそう!最近学校終わってから暇だったからさぁ〜。昨日放課後何となくうろうろしてたら、この子が生徒会の荷物運ぶのに量が多くて困ってる所を生徒会室まで荷物運んであげて、生徒会の雰囲気見たら生徒会もいいなぁ〜って。それでそのまま勢いで」
長い事一緒にいたからだろうか。雪菜はすぐに俺の顔を見て嘘臭い。と言う顔をした。
「生徒会の役員募集してるなんて話聞いたことないんだけど……」
まずい。無理がありすぎる。って言うか何で隠そうとしてるんだっけ?あぁ、裏での事信じて貰えなさそうだからか。思考が、落ち着け俺。
「そ、そうなんですよ〜。凜さんが急に生徒会入りたいなんて言い出すから仕方なく雑用兼書記って事で先生にも無理矢理取り付けたんですよ!」
「え、そんなことにしても手続きとかあるからそんなに直ぐにはならないはずじゃ……きゃっ」
これ以上はボロが出そうだし、駅近くで騒いでたら迷惑だろうから雪菜の背中を押して無理矢理歩かせた。本当に朝から疲れるな。騒いだら喉が渇いたので近くの自販機から適当にペットボトルのジュースを三本買ってきた。
「喉渇かないか?適当に買ったやつで良ければやるよ」
雪菜と碧にジュースを渡す。
「わ〜ありがとう!」
「ありがとうございます!」
二人共キャップを開けると飲み始める。飲んでる二人の顔は幸せそうで。飲み終わるまでずっと様子を眺めてた。
「そんなに見られてると飲みにくいです」
飲み終わった碧がちょっと不機嫌そうな声を出してから可愛い声で、でも、ありがとうございました。と言ってくるので胸の辺りがむず痒くなった。そんなやり取りをしながら学校に到着。上履きに履き替え教室に向おうと思って、昨日の割れた窓のとこを通った。本当に現代の学校なのか、窓は新聞紙とガムテープで応急処置されていた。少し安心した。
「じゃあ私こっちですので。あ、凜さんお昼休み四組の教室に来てくださいね。それではまた後で」
碧と別れて雪菜と教室に行く。朝の支度を終えて何をしようか机に座りながらぼんやりと考える。雪菜も支度を終えたらしく俺の前に来て、前の机に寄りかかって小説を読み始める。
「何で俺の前で読むんだよ」
特に何も思い浮かばなかったので、雪菜の相手をする事にした。と言っても、朝から俺の傍にいるのはいつもの事で。
「だってやること無いし1人で読んでても寂しんだもん」
本で顔を隠して上の方から少しだけ目を覗かせて言う。
「まぁ、特に俺もやること無くて暇だし良いんだけどさ。ちなみにそれタイトル何て言うの?」
本にはカバーが掛けられていて表紙とタイトルは見えなかった。特に興味も無かったが何となく聞いてみる。
「え〜、秘密。別に変な本じゃ無いけど、何となく秘密」
「変な本って具体的にどんな本だよ」
ニヤニヤしながら聞き返す。雪菜は言ってから後悔したような顔をして言い訳の言葉を探している。そしたらちょっとだけ真面目な顔になって
「そう言えば凜って昨日お昼くらいに教室に来たけど、朝は私と一緒に学校まで来てたのに。職員室に寄ったあと早足で教室に行ったのに、鞄だけ置いてあって凜どこにも居ないんだもん」
ちょっとだけ寂しそうな顔をしていた。言いたくないわけじゃ無いのだが、いくら偽者とは言え自分が殺される様な話を聞かされて雪菜もいい気はしないだろう。俺としては貴重な体験だったので誰かに話したくて堪らないが、どうせ信じて貰える訳ない。
「あ〜、あの後急に腹痛くなってさ、ずっとトイレに居たんだよ。ホント救急車レベルで。死ぬかと思った」
「えっ?私たちが学校に着いたの7時30分くらいだよ。五時間以上もトイレに居たの!?」
物凄い大袈裟に驚いているが、このリアクションは恐らく本当にずっとトイレに居たと信じきっているのだろう。我ながら流石に五時間は厳しいと思うけどな。
「あ……そっか。ごめんね?もうそんなに深く問い詰めないから。私、ちゃんとそう言うのわかってるから」
自分なりに納得する様な考えを探していたのか、しばらく静かだった雪菜が顔を赤くして、妙に優しい声で言う。
「う〜……そう言う事を男の人はする。って言うのは聞いたことあったけど、まさか学校で堂々としかも五時間もなんて……」
「おい待て。何を考えてるのか大体の事は想像がつくけど、断じてそうゆう事をしてた訳じゃ無いぞ。大体、五時間も掛からねぇっての。純粋に腹痛かっただけだ。お〜い、雪菜さん聞こえてますか?雪菜さ〜ん?」
一人でボソボソ言ってから、その後、自分で言ったことに対して自分で真っ赤になる。マイ・ワールドに入った雪菜は、必死に弁解する俺の言い訳なんか耳に入ってないようで、最終的に何とか説得して納得してくれた(らしい)雪菜は顔を本で隠すようにしながら、自分の席に戻ってそのままうつ伏せになり、朝のホームルームが始まるまで一度も顔を上げなかった。
四時限目の授業が終わり、昼休みになると周りが騒がしくなる。周りの子は仲の良い友達達と固まって、おかずを交換したり昨日の話などをして盛り上がっている。
「おーい海堂。暇なら一緒に弁当食おうぜ!こっち来いよ」
クラスの奴に誘われるが碧に四組に来てと言われたのを思い出し、誘いを断る。鞄を片手に教室を出ようとした所を、仲良く女子達と弁当を食べていた雪菜に声を掛けられる。
「凜、早退するの?」
「違うよ。翠に……あ、雪菜が朝体当たりした子の所に行くんだよ。ちょっと呼ばれてさ」
「え〜、なになに?付き合ったりしてるの?」
「違うよ。呼ばれたって言ってるだろ」
短いため息を付いて教室を出る。雪菜も後ろから付いてくる。
「冗談だってば〜退屈だし私も付いてこ。考えてみたら碧ちゃんに自己紹介返して無かったもんね」
そう言うと躊躇いなく俺の右手を取る。
「あんまりベタベタしないでくれよ。嫌じゃないんだけど、気恥しいと言うかでさ」
幼馴染みで小さい頃は手を繋いで歩いたりしていたが、俺も高校生だ。流石に恥ずかしい。ただ、雪菜はその辺りが何処か抜けてると言うかで、人目を気にせず抱きついて来たりだとかをしてくる。
「ほら、もう着いたから離せよ」
頬を膨らましながら渋々と、雪菜は手を離す。
「お〜い、碧いるか?」
扉を開けて碧を呼ぶ。碧は友達と喋っていたが、すぐに友達との話を終わらせるとお弁当箱を持って笑顔で俺達の所に来る。
「あの子、関科の彼氏かな?」
「でしょ。こんな大勢の前で下の名前で呼ぶし見せつけてくれるじゃん?関科も隅におけないわね」
さっきまで碧と話してた子達がこっちを見ながらわざと聞こえる様なトーンで話している。当然、碧にも聞こえていて、顔を赤くして慌ててその子達に弁解している。半ば諦めた感じで碧が戻ってくる。
「ごめんなさい……すぐからかって来るんですよ」
「別に俺は気にしないけどな? 所で用事は?」
「あ……その、一緒にお昼を食べたくてですね。別に深い意味とかありませんよ?」
お弁当箱で若干顔を隠しながら喋る。そのまま顔を隠しながら碧が歩き出したので俺達もそれに付いていく。うちの学校の中庭にはベンチがあって近くに花壇もあるのでカップル達がイチャイチャしながらお弁当を食べる、小さなデートスポットみたいになっていた。碧はわざわざそこを選んでお弁当箱を広げ始めた。ただ、少し向こうにカップルが見えたのでそれに背を向けるように座り直した。
「えーっと?お弁当を一緒に食べたかっただけ?」
「ちっ、違いますよ!みんながいたからそうは言いましたが、本当は……」
碧が言葉を切る。
「どうした?」
「いえ、その〜……」
気まずそうにチラチラしている。なんとなく振り返ると入口の陰から雪菜が俺達の事を見ていた。そういえばいたっけな。
「む〜、私を除け者にして仲良くお弁当食べるんだ。やっぱり付き合って?」
半眼でこっちを見ながら独り言を呟いていた。俺は雪菜の方へ歩いていく。
「なにしてんの」
「あっ!いやぁ〜お邪魔かなぁって」
本気で考え込んでいた雪菜は俺が近付いた事にも気付かず、俺に話しかけられて小さく飛び上がる。
「こっち来いよ。弁当食べたなら俺の少し分けてやるからさ」
目を一瞬キラキラさせるが、首をふる。
「私、用事思い出したから先に教室戻ってるね〜!」
手を振って階段を走って上っていくが、先生とぶつかりそうになりその場でお説教タイムが始まった。取り敢えず、雪菜を置いて碧の所に戻ることにした。
「なんか用事思い出したってさ」
碧は少し安心した様な、困った様な表情を浮かべてからおかずを頬張る。少し食べた後、箸を置いて、
「もう……みんなの前で『みどり〜』なんて呼ばないでくださいよ。このあと教室に戻ったら質問攻めが……」
しばらく愚痴を呟いていた。間もなくして碧が愚痴を止める
「さっきの話ですけど、一緒にお弁当を食べたいって言うのは半分嘘で、半分本当です。昨日凜さんが突然、裏に行ったように能力に目覚めた人は直ぐに力のコントロールが効かなくて勝手に裏に行っちゃったりするんですよ。ここなら教室より障害物も少ないし、万が一影がいた場合でも対処可能です。つまり、私は凜さんの見張り役です。決して告白とかそう言うつもりでここにした訳じゃないですからね?」
小さく咳払いをして、真面目な声のトーンに変えると真剣に碧は話し出す。俺も箸を置いて碧に向き直る。
「少し真面目な話です。凜さんの様にある日突然、干渉能力のみ発現して、誰にも気付かれず裏で死んでいってしまう人が沢山います。でもそれに素早く気付いて死を止めるのが干渉能力のみならず力まで備わった私達です」
「達?他にも誰かいるのか?」
「はい。私がいる生徒会がそうです。そして海道凜さん、貴方もその内の1人です」
碧が俺の目を強く見る。突飛な話ですぐには頭が追いつかない。
「俺は力なんて無いぞ?雪菜の影が出た時だって何も起きなかったし、一撃でノックアウトだったじゃないか」
碧は手を突き出して話すのを止める。そのまま深呼吸を2回。あの何とも言えない感覚に包まれる。そのまま向こう側で仲良くお弁当を食べてるカップルの前まで行くと、二十センチ程の感覚を開けて目の前で手を数回叩いてカップル達を驚かせる。突然の大きな音に2人は周りを確認するが目の前の碧には気付かない。
「き、気味が悪いな。少し早いけど教室に戻ろうぜ」
そう言って立ち上がって彼女を連れて何処かへ行っていまう。ため息をして碧がはっきりと感じられる様になる。俺の隣に座り直すと
「今、私が手を叩いていた時、私が見えていましたか?」
「あ、あぁ。瞬きしたら見失いそうになったけど」
碧は笑って言う
「それだけで充分力があると言い切れますよ。今までで析殺中の私が見えると言ったのは凜さんただ1人なんですから」
膝の上にお弁当箱を乗せると再び食べ始める。話は終わった様なので俺も残りを食べ始めた。先に食べ終えたのは碧だった。お弁当箱を片付けて水を飲む。
「凜さん、放課後生徒会室に来てくださいね。力が発現した人は生徒会室に連れて行く決まりなんです。影と間違えて怪我をさせたりしない様に顔を覚えてもらうんです」
俺も食べ終えたが、口の中に物が残ってる状態で話すのは下品なので頷く。お弁当箱をしまうと教室に戻ろうとするが碧に呼び止められる。
「凜さん、まだ時間あったりしますか?」
「いや、特に無いけど。教室戻ったら授業始まるまで寝るくらい」
「それじゃあ析殺の強化に付き合ってください!私の予想ですと呼吸の仕方で力が濃くなったり薄くなったりしそうなんですよ。で、凜さんに気付かれなければ今度こそちゃんと最強の能力です!」
興奮気味に言い終わると、さっきよりも深く時間をかけてゆっくりと深呼吸をする。
「どうですか!見えてますか?」
「ちゃんと見えてるよ」
むー。と膨れながらため息をついてまた深呼吸をする。この後、チャイムがなるまで八分間も深呼吸しては息を吐きの繰り返しをして、酸欠になって立ってられなくなった碧を背負って碧の教室まで運んでやった。
「うう……ごめんなさい……」
力が入らないらしく、耳元で碧の声がして少し耳に息がかかる。それに背中に柔らかい感触が……
「ほら着いたぞ」
足で扉を勢い良く開けると碧が後ろで焦った声を出した。先生が来たのかと思ってクラス中の視線が俺と碧に注がれる。まずった…………碧を背負ったまま二人して固まっていると、さっき見た碧の友達達が迎えに来た。
「やっぱり二人って付き合ってたんだ」
「あれ、関科の顔がほんのり赤いんだけど、もしかしてあれからずっとお楽しみでしたか?」
ニヤニヤしながら質問攻めにされる。取り敢えず碧を下ろして次の授業移動教室だから。と言って逃げた。ごめん碧。後は頑張ってくれ。走って教室に入ると次は雪菜が待っていた。
「凜〜?さっき碧さんおんぶしてなかった?」
どこで見てたんだろ。笑顔だけど顔は笑っていないってこう言う事だろうか。
「碧がちょっと酸欠で倒れてな、教室まで歩けないって言うから連れて行ってあげただけだぞ?」
「ふ〜ん……別に良いけど〜」
若干不機嫌な顔で席に着く。俺も席に戻って授業の準備をするが、日当りのいい所で昼食を取った後、背負うと言う労働をしたせいか(碧は結構軽かった)その後、寝てしまった。結局目が覚めたのは帰りのホームルーム終了後雪菜に起こして貰った。雪菜にはこの後、用事があるから。と言って先に帰ってもらった。