PHASE:1-4/白の悲壮
数分ほど歩き、ボクは他の病室とは違う黒い扉の前に立っていた。重症患者のための病室だが、ネームプレートは入っていない。
「……」
認証キーをかざすと、ゆっくりと扉が開く。
消毒液の匂いが鼻についた。
汚れたモノは一切受け付けない、と言わんばかりに清潔にされている白い部屋。
……ボクみたいな奴が、一番来てはいけない場所だ。
人を生かすための白い空間。何億人も人を殺した黒いボク。実に相反しているじゃないか。
「……はは」
変な事を考える自分に、乾いた笑いが溢れる。ゾンビの様な足取りで、彼女が眠っているベッドへと歩を進めた。
呼吸器を付けられ、死んだ様に眠っている千絋。その顔はどこまでも綺麗で、あまりにも儚い。ボクはこの顔を何度と見ても、悲しみ以外の感情を覚える事がなかった。
反射的に、ごく自然に、当たり前の様に大粒の涙が溢れて布団にいくつも染みを作る。
震える手で彼女の手を取った。
まともな温度を感じている気がしない。生きているのかも、死んでいるのかも分からない。中途半端だ。
「……ごめん……」
何故ボクは彼女を守れなかったのか。
あの時、ボクはちゃんと動けたハズだ。あいつを一発殴る事だって、簡単に出来たハズだ。
なんで、どうして。後悔の念が、涙となってぼろぼろと溢れていく。
「っ……なんっ、で、なんで……ボクだけ置いて、行くんだよっ……うああああ!!」
とうとう声を抑えられず、崩れ落ちた。縋る様に彼女の手を握りしめても、悲しさはちっとも収まらない。
ベッドに顔を埋めて慟哭していると、頭上から声が降ってきた。
「情けないねぇ、いつまでそうしてるつもりだい?」
「お前にはっ……分からない、だろ……」
泣きながら答える。何をしても笑い掛けてくれず、怒ったり悲しむ事もせず、ただ眠っている様を永遠に見る事になるボクの気持ちなんて誰にも分からないだろう。
「……泣いてばっかで何もしないドンなんかドンじゃねぇっスよ」
足音が聞こえたかと思うと強く引っ張られ、すかさず頬に痛みが走った。
「起こす方法も試さないうちから諦めてんじゃねぇよ。一般区域やら外国やらで寝てる奴起こす薬集めて、片っ端から試したか?目覚めのキスはしたか?……してねぇだろ?可能性がそこら中に転がってんのに気がつかねぇのか?」
そうだ……この2ヶ月、ボクは何も試していなかった。ただ泣き疲れるまで泣いて、拠点に帰るだけの日々を貪っていただけだ。
ボクは何を犠牲にして、今ここにいる?
……無数の世界と無念だ。
それなのに、ボクは何もしようとしなかった。このままでは死んだ咲に顔向け出来ない。
「……分かったら、とっとと起こす方法探しに行け。心配しなくても、あたし達が千絋ちゃんを守ってやる。
__ま、そう言う事っスよ」
澪はボクの肩を叩いて病室を出ると、ネムもウインクしてから去っていった。
「……いつになるかは分からないけど……待ってて、必ず起こすから」
千絋の手をそっと離し、ボクは病室を出た。




