ACT:3-9/桜狐と九つ
「やぁ同志よ、きちんと宿を見つけておいたぞ」
現実世界に帰還したボクが最初に見たモノは、白猫の姿に戻ったトト……のお腹だった。
「何してるんだよぉ……」
顔からトトを退かせて、そのまま起き上がらずに周りを見渡してみる。
窓から僅かに光が差していて、明るかった。今は朝か昼なんだろうか。他にも見てみると、古民家……それも遥か昔にタイムスリップしてしまったのかと思うぐらいの奴……の中にいる事が分かった。資料ぐらいでしか見たことがないイロリとか、魚拓とか、変なモノがたくさんあるからだ。
多賀だったっけ。確かあそこに古民家が立ち並ぶ通りがあって、ボクが今まで訪れた場所でここに一番近いのが、それだ。
「……なんだ、目を覚ましたか」
下から声がして、ぎょっとした。
……どうやら、ボクはピンク色のふさふさした毛の上に寝かされていた様だ。寝起きの頭で受け取れる情報量はかなり少なくて、気がつかなかった。
そして問題なのは、その毛が僅かに上下し、かつアンダーエデンに来てすぐに聴いた声を発していた事である。
「禁夏!?」
「ああ、某だ。……驚かせて悪い、休む時は元の姿でないと気が休まらないからな……分かったら、なるべく静かにしてはくれまいか……」
眠そうに言って、禁夏はまた寝息を立て始めた。
……そうか、禁夏はキュウビだったっけ。
「同志よ、邪魔にならない様に外で話をしようではないか」
トトはボクのお腹の上で、ひそひそと言った。
引き戸を開けて外に出ると、まず見事な桜の木が目に入った。日本庭園チックな庭を少し歩いてみると、青色の巨大なニワトリ……的な生き物が小屋の中で寝ているのが見えてぎょっとした。
……ニワトリって、普通は朝に鳴いたりしてうるさくするんじゃないの?
空は朝焼けに染められていて、ゴテゴテしたネオンの光や、有害そうな煙はすっかり消えてしまっている。その外観は、最早普通の遊園地だった。
やっと、やっとこの世界のまともな面を見られた気がする。澄んだ空気を胸一杯に吸うと、ココロに積み重なった嫌な気持ちも、地平線の彼方へ吹っ飛んでいきそうな気がした。
「早起きしたのかな……今って5時ぐらいだよね?」
寒さにやや身震いしながら、トトに尋ねてみる。すると彼女は即答した。
「夜だが?」
「朝って事にしようよ……」
トトは聞くつもりも無かった様で、自分が座るのにちょうどいい岩をちょこちょこ動いて探していた。ボクは一足先に座ると、トトを持ち上げて膝に乗せた。
「……ここでは朝を朝だと思ってはいけないし、夜を夜だと思ってもいけないのだぞ、同志よ。「門を門と思うべからず。それは彼の者の近きにあり」……我も幼い頃にそう聞いた記憶がある。つまり、常識を疑うべき状況にある今こそ、門を見つけ出す力をつける絶好のチャンスと言えるだろうな」
礼もないなんて、生意気な猫さんだ。でも何かヒントになりそうな事を聞いたので、お礼の代わりに身体を撫でてやった。
「あのさ、トト」
「何だね」
「……ボクが向き合ったのは、ボクの闇じゃなくて殺人鬼のプログラムなんだよ。そいつはボクを乗っ取って、また誰かを殺そうとしてる。ボクの言葉にも、酷い言葉で返してきた。……和解なんて、したらダメだと思うんだけど」
トトはにゃあ、とひと鳴きしてからこう答えた。
「そうだな、和解する必要はない。相手が同志にやろうとしている事を、同志が先にやってしまえばいい話だ」
……ジギーを、ボクが乗っ取る?
「それは……無理じゃないかな」
「言い直そう。その殺人鬼とやらがデレるまでひたすら寄り添い、奴の気持ちを理解出来る様になりたまえ。それも夫のDVに耐え続ける妻の様にな。そうすれば、同志の一部となってくれるだろう」
ああ、例えからして無理だ。軽く目眩がした。




