マリオネットと侵略者
わたし達はシグレギタール、もとい城の中に戻り、マークが資料を持ってくるのを待っていた。今のうちに、と淋が残してくれたコンタクトを何も見えない右目に着けてみたが、特にこれといった変化は見られない。
「どうかな、時紅……おかしく見えたりしないか?」
「とくには」
そう言う時紅は、わたしの方なんて全く見ずに何かをいじっている。
「一体何をして……ひっ!?」
時紅の手元を覗き込んだ数秒後、彼女のいじっていた「何か」を理解して思わず腰が抜けそうになった。
「できたぞ」
いつの間にかわたしの持っていた懐中時計に穴が開けられ、そこに結玉が収まっていたのだ。おまけに、動かなかった針も全て動き出していた。
「これはなんかいでもつかえる。マークがなんかたくらんでたら、みんなにつたえろ」
時紅はわたしに懐中時計を渡すなり、眠ってしまった。
「……本当によく寝るなぁ、時紅は」
ローブのポケットに懐中時計をしまい込む。しばらくして、マークが丸められ筒状になった紙の詰められた箱を持ってきた。
「やぁ、待たせたね!」
ホコリまみれになった彼女はゆさゆさと身体を振ってホコリを落とし、駆け寄ってくる。勿論とても嬉しそうな顔で、だ。
「……その紙は?」
「ああ、これ?この中のどこかに幽界の地図があると思ったんだけどね、いちいち探して取り出すのも面倒だから全部持ってきたんだ!」
……この面倒臭がりな所は、クロトに酷似している。彼女も料理の時は「油なんかどうせ肉に入ってるんだし入れなくてもいいじゃん」と言って使おうとしないし、酷い時は「だいたいはメガフォライザーで出せる」と言い出した事もあった(実際に肉料理のフルコースを出したが完食したのは時紅と澪さんだけだった)。勿論料理だけではなく、部屋の掃除や設備の修理、クリーチャー討伐の依頼や出版社に頼まれたエッセイの執筆さえも「面倒だから」と適当にやって済ませていた。……だがクロトには何らかの超感覚が備わっているらしく、私生活以外での「適当」は誰がどう見ても完璧なモノだった。
……そんな風に物思いに耽っている間、マークは地図を広げて眺めてはああでもない、こうでもないとあちこちに放り投げていた。手伝おうかと彼女の方に目を向けた時、脳に静電気が走る様な……そんな感覚に襲われた。
この感覚は、クロトが時間を止める時のモノだ。以前にも何度か体験した事がある。
マークも何かを感じ取ったらしく、地図とのにらめっこをやめて上を向いた。
「……ふふ、あの子も動いたのかな?」
邪悪な笑みを浮かべる彼女を捉えた途端、何も見えなかった右の視界に二つの文章が浮かび出した。
『本物よりも完璧で、真の王を愛する虚ろの王』。
『汝を憎み、狂言の闇へと誘う者』。
……今のマークは本物より優秀な偽者で、真の王とやらを愛している人物。そしてわたしを憎み、言葉巧みに酷い目に遭わせようとしている……と言う事でいいのだろうか。
彼女は目当ての地図を見つけたらしく、他の地図を丸めてせっせと箱に詰め直していた。
「よーし、あった!チヒロ、これ見て!」
マークは嬉しそうに古びた地図を見せてきた。昔の日本によく似た形の大陸が、真ん中にぽんと置かれている。……海は無さそうだ。
「……これが幽界か?」
「うん。で、幽界の真ん中にある城にはボクの偽者がいるんだけど、その正体は前に言ってた幽界のシグレギタールなんだ。こいつが君が元の世界に戻るための道を阻んでるんだよ」
地図の真ん中にある城を指さして、マークは膨れっ面をした。
「ボクとしても色々な計画を邪魔されてきたからさ、わりと潰したい所なんだよねー……ああ、前置きが長くなっちゃったか。結論から言うとね」
マークは笑顔になり、いきなり幽界の地図を破り捨てた。
「……君にお願いしたいのは、このシグレギタールをおちょくって本性を露にして、幽界もろとも殺す!そう言う事なんだ!」




