ACT:2-6/孤独に選ばれた者
歩いて10分ほど経った頃だろうか、あっしは屋根も壁も、何もかもがボロボロな城に辿り着いた。ここがシクロトの家らしい。城を取り囲む塀の隣には、あっしがいた刑務所の様な建物があった。
「うっし、ここらでよいやろ……ん?寝てんのかシクロト、おーい」
歩いているうちに眠ってしまったらしく、シクロトは規則正しい寝息を立てていた。可愛い寝顔だ。
檜も寝てる時は凄く可愛い寝顔だった。
今頃、彼女はどうしてるんだろうか。……きっと大丈夫だと思っていたのだが、今になって少し不安になった。
でもまぁ、まずはこの子を家に送り届けなきゃ……
重そうな扉に右手で触れる。
「……痛ってぇ!!」
ばちん、と火花が散り、あっしは思わず手を離した。
「……その城は主しか入る事が許されないんだ。ここで寝かせてもなんだし……僕が家に連れて帰るから、貸して」
「貸してって何やねん、モノみてぇに言いやがってよ……やだね。起きるまであっしが守りしとくから、先帰っとき」
それに、現世が今どうなっているか聞きたくなってしまったのだ。
あっしはおかしいタイプのヒトだ。何百もの魂をひとつの器に無理矢理詰め込んで、滅茶苦茶な生き方をしていた。
最初の世界の魂……つまるところあっしは今ここに存在しているが、他の世界の魂がどう処理されているのかも気になる。散り散りになってしまったのならば、現世は確実におかしくなるだろう。幽界みたいになっている可能性もある。
だったらどうするのかを、聞いてみたい。
あっしがその旨を伝えると、ロギはやや不満げにしつつも頷いてどこかに消えた。シクロトが消える時とは違って、摘みたてのキイチゴみたいな匂いが辺りに漂った。ルーちゃんは別に家があるため途中で帰ってしまい、もうここにはいない。ちなみにルーちゃんの場合は無臭だった。いい匂いがするのは上位(?)の幽霊だけなんだろうか。
「おかんはどうするよ?」
「おかんは先に帰って寝とくわ。明日は祭りで早いんやろうし」
穏やかに笑い、おかんは刑務所に歩いていった。
「……じゃ、あっしも一通り終わったらまた行くしー」
ひらひらと手を振っておかんを見送った後、塀の上に座ってシクロトが起きるのを待った。
しかしよっぽど疲れているのだろうか、シクロトは起きる気配を見せない。
「……どないしよ」
城の中に放り出せばいいのかもしれないが、あっしはこんな女の子をオンボロ城にひとりぼっちにするほどド畜生ではない。
……そういや、赤い光の時は左手が何とかしてくれたんだ。もしかしたら、この城もいけるんじゃないか。
早速塀を飛び降りて扉の元に行き、そっと左手で触れてみた。
……金属特有の冷たさが伝わってくる。火花は散らず、痛みもない。そして、鬼の面みたいな光る紋がうっすらと手に浮かんでいた。
「よーし、お邪魔しまーす……っと」
おそるおそる扉を押して開くと、ホールの様な場所に出た。
まず大きな階段に目が行き、次にシャンデリアが見えた。しかしそこに光はなく、薄暗い空間を静寂が支配している。窓から射す月明かりだけを頼りにして、シクロトを抱きながらあっしは歩いた。
……しかしこの城、見れば見るほど不気味だ。青ざめた顔のおっさんが描かれた彫像画はキモいし、秒針は動いているのに他の針が動かない大時計も気味が悪い。こんな所に一人で暮らしていて、彼女は大丈夫なんだろうか。
大きな階段を登って、道の両側に扉が並ぶ廊下に出た。こう言う所はクロトの拠点に似てるんだな。
どれを開けるか悩んだ末、あっしは少し進んだ先にあった右側の扉を開けた。
「これは……正解やな?」
床には赤い絨毯が敷かれ、その上には高そうなソファーや妙に脚が丸まった机が置かれている。奥にある白いベッドも、天蓋が付いていて豪華な仕様だ。広い部屋だけど掃除はちゃんとされているらしく、塵ひとつなかった。
……これで照明があればいいんだが、何故かここにはそういうモノが見当たらない。まるでシクロトを暗闇の檻に閉じ込めているみたいに思えて、こんな城を建てた奴をぶん殴りたくなった。
相変わらず起きない彼女をベッドの真ん中に寝かせて、その隣で月を眺める。黒かった月は白に色を変えて、弱々しく部屋を照らしていた。
ここの月は欠けるのだろうか、とぼんやり考えていると、隣でもぞもぞと動く気配がした。
「ん……」
ゆっくりと目を開き、あっしの姿を認めるとすぐにシクロトは飛び起きる。
「な、なんでお前が!!」
「いや、よう寝てたから起こすと悪いかなって」
「それでもっ、この城はだな!!」
「あーもう、あっしは特別だから入れたって事やんね。それにしても不気味だよなぁ」
改めて見渡そうとすると青ざめた顔の彫像画と目が合い、すぐに視線をそらした。気持ち悪い。
……が、この部屋には鹿やら一角獣(ベヒーモス)やらの首がずらっと飾られており、今度はそいつらと目が合った。
「ほんっと悪趣味だわ、ここ」
「それには、同意する」
シクロトの声が震えていた。目を落とすと、彼女の手が左手に重なっていた。
「怖いんか?」
彼女はびくりとアホ毛を震わせる。怒鳴ってくるかと思ったが、シクロトは固まった後こくんと小さく頷いた。
……こんな状態の女の子に、質問責めなんて出来ない。
「はは、そりゃ当然だわな」
頭をわしゃわしゃと撫でてやると、シクロトは眉をしかめてじっとしていた。それでも口角はほんの少し上がっていて、嬉しいのか嫌なのかよく分からない。
「……子供扱いするな」
「はいはい」
こんな状態でもシクロトのツンツンは抜けていない。昔から子供扱いされた事がなくて、ひねくれたんだろうか。これはこれで可愛いからいいけど。
「なぁシクロト、引っ越したりしねぇの?」
「千年ほど前に、老院に申し出た事があった。だが……王はその座を下りるまで、この城にて過ごす定めなのだと却下された。いくら千夜千祭が開かれても、罪人達はわざと負けて転生していく。……老院は幽界の意志そのもの。ボクは永遠に、ここで過ごすだけだ」
この城は……いや、この世界は、シクロトを閉じ込めて苦しめる様に出来ている。そう確信した途端、勝手に口が動いた。
「そんなら、あっしがシクロトに勝つ。勝てなくても、その老院とか言うのを引きずり出してぶっ飛ばしてやらぁ」
左手が急に熱を持つ。見ると、鬼の紋が赤く輝いていた。
「音邨 咲、お前は一体……」
「元世界最強、現『反晶(アンチマテリア)』、クロトにゃ負けるがかなり強い。それがあっしよ」
現世で世界最強を奪われたなら、こっちで奪うだけだ。
そんな目でシクロトを見ると、彼女はふっと笑った。
「どうやら、お前は選ばれた様だな。左手を見てみろ」
言われた通りに見てみると、蒼く光る鎖の様なモノが手首に巻きついている。
「それが、千戦の儀に参加する者の証だ。お前がボクを打ち倒す未来を……楽しみにしているぞ」
月明かりに照らされたシクロトの顔は、安堵の表情に満ちていた。




