ACT:2-5/鬼月紅雨
何だかんだあって、親父が絶世の美女になった。
更にその後を追う様にして、兄貴も美人のお姉さんになってしまった。
これからは誰かに家族関係を聞かれたら、「母親二人と姉が一人」と答えなければいけない。父親は消えた。これが母子家庭の真の姿だと言うのか、まるっきしハーレムじゃないか、と叫びたくなった。
「咲ちゃん……うち、男おらへん様になってもうたねぇ」
「せやな……」
あっしとおかんは並んでベンチに座り、行き交う幽霊達を眺めていた。
騒霊街は男だった二人を知る奴らがそれなりにいるらしく、お姉さんとなった彼女らを見て大半の人が固まっていた。
「……でかい」
「……これで売上伸びたら店長喜ぶかな」
当の二人は未だに自分が女になったと信じられないらしく、乳を揉んだり尻を揉んだりしては怪訝そうな顔をしている。
「……」
そんな中で、シクロトは元親父・現ロギ子ちゃん(仮名)を恨めしそうに睨みつけていた。
今の彼女はボンキュッボンでシェクシィーボディである。それに比べて……
「シクロトはぺったんこでお子様ボディやな」
「なっ、何を言うんだ!!」
顔を真っ赤にして、シクロトはばっと胸を隠した。あら可愛い、クロトだったら無言で鉄拳が飛んでくる所だった。まさかこんなに女子力がある反応をもらえるとは。
「くそぅ……今に見ていろよ、ボクだってそのうち……」
「ならへんならへん」
「うるさい!!お前だって平らだろう!!」
「それがどうしたってんだい、別にあっしは平らでもいいもんねーだ」
残念ながら、そんな罵倒はあっしには効かない。生前の自分はよく動くタイプの職業だったし、胸がない事でだいぶ得をしている。それはここでも変わらないのだ。
「まぁまぁ二人共、落ち着きなさいな……そうや咲ちゃん。そんなしょうもない事言うてへんで、明日の事聞き」
「明日の……事……」
嫌な予感がした。途端に、ダラダラと冷や汗が雨の様に頬を伝う。
「千夜千祭だ。全く……もう忘れたのか?」
シクロトのハリツヤたっぷりなロリロリお肌に、更にツヤが出てくる。まずい。これはまずい。
「千夜千祭のメインは「千戦の儀」。選ばれた罪人達は武器となるパートナー、その使い手であるマスターでペアを組んで2対2のトーナメント方式で戦うんだ。負ければ即座に転生が決まり、勝てばまた戦う。優勝者には王であるボクと戦ってもらい、優勝者が勝てば優勝者が新たな王になる。王が勝てば、優勝者は図々しい願いでない限り……いかなる望みもひとつだけ叶えられる。だが忘れるな、これは神聖な儀式であり、ぎゃあぎゃあと騒ぐためのモノではないのだからな。……」
死々王先生、話が……長いです……
おまけにランタンの光が眠気を誘ってきて、瞼がどんどん重くなっていく。
「……ぐぅ」
「起きなんし!!」
「ふぇい!?」
夢の世界においでませしそうになっていた所で、バシコーン、とおかんの扇子が襲い掛かりなんとか目を覚ました。
……しかし、扇子で叩かれたとは思えない衝撃である。おかんは普段のんびりしているけども、わりと筋肉があるのだ。なので拳骨を落とされたりすると凄く痛い。
「……しかし、妙だな……」
「妙って、何が」
「もうすぐ夜が明けるのに、まだ罪人が選ばれない……それどころか、怪しい気配がする」
シクロトは爪を噛んだ。イライラし過ぎで疲れないのか、とぼんやり思いながら空を見たが、最初に見た時と比べて大した変化は見られなかった。
常に色合いを変えていく空。強いて言うなら、黒い月。
月が黒いって、何か変な感じがするな。どういう原理で光ってるんだろ。
「……全然変わってへんやん。夜明けとかどうやって分かるんよ」
「月を見るんだ。幽界に朝は訪れないし……夜明けと言うより、白骨化と言う方が良いかもしれない。今の月は白いうえに輝きも弱い。故に「骸月(むくろづき)」と呼ばれている。境界の基準で言うとおよそ3時だな」
シクロトが話している間、あっしはずっとおかんに頬をつねられていた。
……ん?白い?
「白いって何よ、全然白くないやんね」
「……どういう事だ?」
頭上の月は白とはほど遠く、黒々としている。いや、よく見ると月……いや、空全体に、何か赤い光がチカチカと瞬いていた。
「黒いし、赤い星みたいなのがチカチカしとるやん。何なんあれ」
「確かに黒い……それに何だ、あの光は」
シクロトは空を見て、すぐ目を見張った。シクロトにも分からない事があるんだな、と思いそうになったのだが。
星みたいな赤い光が、物凄い速さでレーザーの様に地面へと伸びた。
遠くで小さく爆発音が響き、あちらこちらから人々の悲鳴や騒ぎ声が聞こえる。
「……一体何が起こっているんだ!!」
忌々しげに叫んだシクロトの背後にも、赤い光の柱が迫ろうとしていた。
「だらっしゃい!!」
咄嗟に身体が動き、あっしはシクロトを庇う様に立った。
武器はない。光は見るからに危ない雰囲気を放っている。消し炭にされてしまいそうだが、そんな事はどうでもいい。まずは……
「てめぇがどうにでもなりやがれぇっ!!」
左手を握りしめ、思いきり光を殴りつけた。
すると鬼の面みたいな紋が手の甲に浮かび、光の柱は小枝の如くバキバキになって消えた。
それと同時に、各地に降り注いだレーザーもバキバキになって霧散していく。
……どうなってんだ、あっしの手は。
「……なんかよく分からんけど、大丈夫か?」
振り返ると、シクロトは地面にぺたんと座り込んでいた。
「……シクロト?」
彼女は顔をほんのり赤くして、消え入りそうな声で言った。
「……足に……力が、入らない」
……怖かったって言えばいいのに。
「じゃ、家まで送ったろ。あっし女の子には優しいからな、にゃっはっは!」
微かに震えていた彼女を担いで、おまけに頭をよしよしと撫でてやる。元親父……もう面倒だしロギでいいか……と元兄貴……こっちも面倒だしルーちゃんでいいか……は、心配そうにシクロト(とあっし)を見ていた。
「……お前はバカなのか!?別に手を貸すだけでも良かっただろうに……ええい恥ずかしい、降ろせ!!」
「やーなこったパンナコッタ、よい子は大人しく寝てな」
「子供扱いするんじゃない!!言っておくが、ボクはたかが一万年生きただけのお前とは違って!!遥かに長い時を生きているんだからな!!」
顔を赤くしてぎゃいぎゃいと騒ぐシクロトにはお構い無しに、あっしは歩いた。




