ACT:2-4/死なずの亡骸
淀んだ空気が漂う道を歩いていると、段々気分が沈んでくる。最初は変な事ばかり喋っていたトトも、今やすっかり黙ってボクの後ろをちょこちょこと歩くだけだ。
頼むから何か喋ってくれよ、と祈りながら歩いていたけど、道を挟む様に置かれたアズールの石像の一体と目が合ってしまい、余計に気分が沈んだ。
蛇の様な姿をした、3つ目で4本腕の青い龍。それがアズールだ。界人の家の家紋であり、また彼が初めて始末した龍と言う事で、組織の名前やシンボルマークにも使われている。
……ただ、「あずくん」と言うゆるキャラまで作られていたからちょっと気持ち悪い。あれはゆるキャラじゃなくてキモキャラだろう、とボクは思う。
「……本当に趣味が悪いなぁ」
ラスト・アズールの拠点は、巨大な鉄塔の様な12基の魔力砲台にぐるりと囲まれていて、光がほとんど届かない。おかげで真冬の様に寒かった。
「へくしっ!!」
案の定、ボクは大きなくしゃみをしてしまう。
「ふむ、魔界の我が家を思い出すな」
トトは顔を目一杯上げてから、ようやく言葉を発した。
ボロボロの門の奥にある巨大な青い要塞は、圧倒的な威圧感を放っている。このままじっと見ていたら、怖じ気づいてしまいそうだ。
「……はぁ……」
怖じ気づく前に強い殺気を感じて、ひょいと跳躍する。
数秒前までボクのいた所には、レイピアを構えた界人の姿があった。
「ハハハハハ!お前はいつモ避けるナ、反射神経がアるなら少しハ攻撃ぐラいしテみたラどうダ?」
アズール像の上に着地して、ボクは苦笑した。
「嫌だよ。キミを傷つけたら、ボクもどうにかなりそうだし」
……界人は沙羅と同様、定期任務の際にボクに殺されたのだ。
本来ならとっくの昔に墓石の下で腐敗しているハズなのだが、彼はその約2ヶ月後に墓から這い出てきた。つまり、甦ったと言う訳である。
それが人為的なモノだと言う事は、ボクとある人物以外知らない。そもそも、彼がボクに殺されたと言う事実さえ、公表されていない。
「昔のお前ナら遠慮なク殺シ合いガ出来たダろウニ、実にツマラン。……シテ、何か用か?」
界人はレイピアをくるくると回してから、鞘に納めた。
「……」
少し変なモノが見えたボクは、言葉を返すのも忘れてそれをじっと見てしまう。
……気持ち悪い。
「おい、暇人王。とうとうボケたか?」
「ぼ、ボケてないやい!……ゾンビの奴、志願しに来たんだ!!あとちょっとした相談!!」
「にぃ」
言い訳していると、アズール像に隠れていたトトが出てきてボクの足にすり寄った。けっ、人の前で媚びを売る猫なんて嫌いですよーだ。
「おい、お前。……なんダその愛くるしい生き物ハ!!」
界人はトトを見るなり、恋する乙女の目になった。彼女は嫌そうににゃあ、と鳴いて、ボクの後ろに隠れる。
「トトって言うんだよ。猫みたいで猫じゃない子。界人と似てるね」
嫌味の様に言うと、トトはふん、と不満げに鼻を鳴らした。
「……まァいい、俺もお前に救援を頼もうとしていた所ダ。入れ」
黒いコートの裾を翻して、界人は拠点の入口へすたすたと歩いた。
「同志よ、あの妙ちくりんなノスフェルトから何か見えたのか?」
トトが小声でひそひそと尋ねてきた。ため息をついて、ボクは答える。
「分かりにくいなぁ……吸血鬼って言ってよ。まぁ、心臓辺りにいかにも怪しい炎の渦と……釘……みたいなのが見えたね」
左目の景色には何も変化がないが、右目は眼帯越しでも奇妙なモノが見える。
青と紫の炎。燃やされていながら、溶ける様子のない釘。
……これが何を示しているのか、ボクは薄々気づき始めた。
「ノスフェルトはヴァンパイアだけでない。リッチやミイラ、死んでいるのに動いている輩をまとめてノスフェルトと言うのだ。しかし……そのノスフェルトは、別のノスフェルトに使役されているのではないかね?」
「そうだね」
目の前にいる「挟霧 界人」は、生きてなんかいない。全くの嘘、虚構の存在だ。
誰にも知られない場所で、界人に限りなく近い姿の人形を動かしている人物がいる。
……それが挟霧 枯葉(さぎり かれは)。界人の妹で、ボクの長年の友人だ。




