ACT:2-2/冷夢の彼方
「……私は、もうすぐ生き返るんだ」
そう告げた淋の悲しげな瞳と欠けた身体を見て、わたしと時紅は固まっていた。
「生き返るって、どう言う」
「ネムが私の核を解放しようとしてる。……その事で澪姉と何度も喧嘩してたみたいだけど、多分止められない。ネムはちょっと、頑固だから……」
何とか絞り出した問いに、淋は涙を拭いつつ答えた。
きっと、彼女は今でも境界に戻されつつあるのに違いない。欠けが少しずつ広がっていたのだから。
「また皆に会えるのは嬉しいし、おかしくなった檜姉やお兄も助けてあげたいけど……ちょっとでも、トランをひとりぼっちにするのは嫌なの……」
トランはしばらく泣きじゃくる淋を眺めていたが、やがて欠けつつあった彼女の耳をぐいっと引っ張った。
「いっ、痛いよトラン……」
「オレの事心配して言ってるのはよく分かるアル。……オレはもう十分淋に守ってもらったヨ、大丈夫アル。胸張って会いに行けばいいネ」
トランは歯を見せて笑う。驚いたのか、下がっていた淋の耳がピンと上を向いた。
「……トラン……寂しく、ないの?」
「そりゃちょっとは寂しいアル。けどな、いつかどっかで会えるってもんネ。オレ達、変な縁で結ばれてるみたいだし」
淋はぼろぼろと涙を溢しながらトランに抱きつく。
「トラン……トラン、いつの間にかそんな子になってたんだね……」
彼女は泣きながら笑っていた。
「『今はオトコノコ』だからネ。淋のためになるなら、ちょっとぐらい離れたって大丈夫アル」
トランもまた、照れくさそうに笑って頭を掻いた。
ああ、そうか。本当のトランは……
「……」
そこまで考えて、時紅が彼女を見てこくこくと頷いているのに気づいた。……何故だろうか。
「時紅?」
「オレはちみっこくなったが、チヒロはまもれる」
相変わらずわたしの腕に抱かれたまま、きりっとした顔で彼女はそう言った。
「その時はまた、お願いするよ」
……当分の間はわたしが守る事になりそうだけど、と考えて少し胸が痛んだ。
わたしは死なないから境界に戻れるけど、彼女は死んでいるから戻れない。わたしがいなくなったら、時紅はどうやってこの世界で過ごすのだろう。
「……時紅も一緒に行けたらいいのに」
「いっしょはむり、あとからいく」
バレない様に呟いたつもりだったが、聞かれていたらしい。時紅はきっぱりと言った。
「オレはこっちでチヒロむかえにきた。チヒロもそのときクロとむかえにこい」
尻尾を一回くるん、と回して、彼女はそれっきり喋らなかった。なんだか、時紅にしてはずいぶんと優し過ぎる気がする。
「……千絋姉。私、行くよ。……境界に送られる事は決まってたけど、ちゃんと行くって決めた」
決然とした表情で言った淋の身体は、もう3分の2……いや、それ以上に欠けて無くなっていた。
「この世界の住人は、旅立つ時に3つまで何かを残す事が出来る……ブレーリアの建物とか門は、クリーチャーとして生まれ変わっていった人達が残したモノなの」
彼女はもう、泣いていなかった。
「私は私の『眼』と同じ効果が得られるコンタクト、危ない時に境界と幽界に一度だけ連絡出来る『結玉(ゆいぎょく)』と……ひまわりを残すよ」
とうとう耳にまで欠けが回ってきた。別れの時が近くなっているのを感じて、わたしは焦りなのか悲しみなのか、よく分からない複雑な気持ちになった。
「……千絋姉、時紅兄、色々押しつけちゃってごめんなさい。私も境界で何が起こってるのか、ちゃんと確かめるから……千絋姉はマーク様の周りを調べて。あの人は、何か恐ろしい事を企んでる……」
「ああ、分かった。やれるだけやってみよう」
わたしが頷くのを見て、淋は満足そうに微笑んだ。
「トラン。もうすぐお別れだけど……私も、また会えるって信じるよ。だから、バイバイって言わない」
「そりゃこっちもおんなじネ。絶対、死なないうちに会えるアル」
「うん……じゃあ」
欠けていくスピードがぐんと増す。
「「また今度!」」
欠けに飲まれて、淋は消えた。




