ACT:2-1/ファクタースノー
……クロトと檜がおかしくなった。その影響で3つの世界が交わってイレギュラーがたくさん生まれるから、世界が終わる?
クロトはともかく、何故檜が話に出てくるんだ。何故おかしくなって、何故二人のせいでイレギュラーが生まれるんだ。
「さっぱり分からない……」
「……チヒロ、おちつけ……はらへったならめしくえ、めし」
「い、要らない!……ああもう……」
いつの間にもらったのか、時紅は春巻きを素手で食べていた。いつもならお行儀が悪いと叱っているが、今は話を飲み込むのに手を焼いてそれどころではなかった。
「ふぇ……ご、ごめんなさい……千絋姉、どこが分からなかったかな……?」
「……いくつか質問させてくれ。まず……何故檜が出てきた?」
淋はすっかり元の涙目に戻っていて、おろおろとしながらわたしの質問に答えた。
「えっと、檜姉は……咲お姉ちゃんが死んじゃってから、幽界の人に身体を乗っ取られてるの……だから、檜姉の魂はこのままだとイレギュラーになるし、身体も別世界の性質になっちゃうんだ」
「要するに、生霊みたいな感じだネ」
わたしが眠っている間に、咲は死んでしまったのか。
最後に見た時、彼女は何か怪しい事を言っていた。確か、「クロトがやる事をやった後に用事がある」、とか……それが原因だろうか。
「……クロトがおかしくなっている、と言うのは?」
「おかしくなってるって言うより……力を取り戻したみたい。私と同じ眼と、咲お姉ちゃんと同じ……あらゆるモノに触れたり、壊す事が出来る手。……世界の危機が近づいてるからかな。お兄は境界そのものだから、色んな事に巻き込まれるんだって」
……確かにクロトは神秘的な雰囲気を纏っていたし、ピンチにバハムートが助けにきたり、龍が5体同時に現れて襲い掛かってくるなど、世界を揺るがす奇妙な現象の中心にはいつも彼女の姿があった。
しかしクロトがひとつの世界であったとは、にわかに信じ難い話である。淋も自分で話しておきながら、流石にあり得ない、とでも言う様に笑っていた。トランも同じなのか、時紅の尻尾を触りながら笑いを堪えていた。
まぁ、あの尻尾は無性に触りたくなるな。
時紅としては嫌なのか、トランの腕から逃げ出すとわたしの元へやってきた。
「咲も出てきたけど、彼女も何か関係しているのか」
「うん……あのね、咲お姉ちゃんは死ぬ前から600個以上の魂を持ってたんだ。生きてる時も幽界の入口を歪ませて、転生を邪魔してたんだって。……その魂が死んだ事で色んな場所に飛び散って、3つの世界が交わりやすくなってるんだよ」
「ろ、600……!?」
「何故そんなに魂を持っているのか」……と聞こうとしたが、すぐにそんな気は失せた。
「……どうした?」
淋は、震えていた。
「……こんな事言うと、怒られちゃうかもしれないけど……私の目は、何かの手違いで与えられたって思うの。いくら能力が強くても……私自身は大して力もないし、澪姉みたいに色んな人とお話出来ない。方向音痴だから、トランや他の人がいないと満足に街も歩けない。一人じゃ何も出来ない私がこの目を持ってるせいで……トランや他の人が消えるんじゃないかって思うとすごく怖いの」
「消えるって、そんな訳ないネ!!人工世界でも境界でも、オレ達はずっと一緒だったアル。死んでもこうやって一緒になれたのに、淋一人残して消えるなんか無理アル!!」
ぶんぶんと首を振ってトランは怒鳴った。
「……そうだね。ごめんね、トラン。……でも、もうすぐお別れかもしれない。だからこの目は……私なんかよりも、千絋姉が持つべきだと思うんだ」
淋の姿を見たわたしは、思わず目を見張った。
「……淋……!?」
……彼女の身体に少しずつ『欠け』が生じていたと言う事に、ようやく気がついたからだ。




