PHASE:2-10/ラビッツアイズ
トランが淋を呼び出しに行ってから、状況を整理する事にした。
今のわたしは、死んでもいないのにクリーチャーの世界にいる。
戻るための方法は分からない。ただ、マークとネク、そして『幽界』なる場所が鍵を握っている事だけは確かだ。
マークが嘘をついているならば、少々考え直す必要があるが。
「……おねーちゃんは……いつも難しそうな顔をしてるね」
眠たそうな目をして肉まんを頬張りながら、ネクが話し掛けてきた。どこから出てきたのか、と見回すと彼女の後ろには台車があり、そこに大量のせいろが置かれていた。
ものすごいスピードで料理を平らげながら、ネクは続ける。
「マークも難しい顔してるけど……おねーちゃんとは、また別の顔だなぁ……」
「……そうか」
「いつも難しい顔をしている」と言う意見は多いので、そんなつもりのないわたしは困ってしまう。一体どういう顔をすればいいんだろうか。
クロトは「別に気にしなくてもいいのに」、と言ってくれたがネクにまで言われると少し悩む。
「……時紅兄!千絋姉!連れてきたアル!」
トランに引っ張られてやってきた淋は、やはり生前とは違う姿だった。
「本当に……本当に、時紅兄と千絋姉なの?」
「ああ。多少変わってはいるけど」
信じられない、と言う表情でこちらを見つめる彼女の首にはうねうねと動く不思議なマフラーが巻かれ、僧侶が着る様な法衣を纏っていた。頭には白いうさぎの耳がついていて、驚いているのかぴんと立っている。
姿が変わっても、臆病なのは相変わらずみたいだ。
「……でかくなったなー、リン」
淋を見上げた時紅がぼんやりと呟くと、彼女はくすりと笑った。
「……変に思わないのは変わってないんだね。何て言われるか心配してたけど、良かった。……千絋姉、そこにいる偉い人とは知り合い?」
「……ひどいや、リーちゃん。チヒロおねーちゃんと……たぬきの子は知り合いだよ。そんなに固くならなくてもいいのに……」
ネクがふにゃりと笑う。それを見つめるマークの目に光はなく、冷たい闇だけがあった。
……何か良くない事でもあるのだろうか。
ネクと二人は友達であるらしく、楽しそうに話していた。ネクは眠そうな声で辿々しく出来事を話し、淋がそれに対して楽しそうに頷く。トランは質問をしながら話を広げていき、時折耳と尻尾をぴくぴくと動かしていた。
二人が澪さんやネムさん、クロト以外と話す所をあまり見なかったわたしとしては、すごく微笑ましい光景だった。
わたしと時紅はその様子を見守っていたが、マークが急に立ち上がった。
「……ネク、もうそろそろ帰ろっか」
口では笑っていたが、マークの目は全く笑っていない。
「う……うん」
ネクの声は明らかに怯えたモノだった。
「……ボク達は先に帰ってるね。久しぶりに会ったんだし、ゆっくり話しなよ!」
ネクの手を取って店を出たマークを、淋は不安げな目で見つめていた。
「……マーク様は、私達がネクちゃんと仲良くするのが嫌みたいなんだ」
「モンスターペアレントって言うのはああいう人の事を言うんだネ」
トランは肩を竦め、尻尾を揺らした。
「最初にあの二人を見た時、驚いたか?」
「当然アル。驚かない人なんていないんじゃないかナ?」
淋の方を見ると、何故かうつむいて首を縦に振った。
「私もだよ。……ただ、トランとはちょっと違う意味でだけど」
「どういうことだ、わからん」
時紅はトランの尻尾と戯れていた。そんな事をしていたら分からないのは当然だろう。
「……私の目は、ここに来てしばらくは何でもない普通の目だったよ。でも、マーク様を見てからいきなり変なモノが見える様に……ううん、それだけじゃないね。色々な事が分かる様になったの」
彼女の足元に、雫が溢れた。
「……お兄と檜姉が、よく分からない存在に食べられてるの。そのせいで3つの世界が、ゆっくりだけど確実に交わろうとしてる。幽界と魔界、私達のいた世界が交わったら、イレギュラーがたくさん生まれて世界が終わっちゃう。だからお願い、千絋姉……私の代わりにこの世界の歪みを見つけて、それを正して」
そう告げた淋の目は、眩い光を放っていた。




