余談/死人を温泉に浸けた結果
1時間前の事である。
「……なんで、なんで僕がこんなに食べる必要があるんだ……」
「おらもっと食えよ親父、男ならもっと食えんだろ……あー、そこの姉ちゃん、骨鯖寿司と塩殻揚げ追加でー」
「……うぐっ」
たらふく飯を食わせた所、親父が倒れてしまった。これが本当の食い倒れって奴か。
「……無理……僕……揚げ物無理……」
こうなっては仕方ないので、みっともなく唸る親父を抱えながら、あっしはおかんや兄貴を探して歩き回っているのであった。
……のはいいのだが、いつの間にかピンクのランタンがたくさん並ぶ通りに出てしまった。キャバクラ的な店がいっぱいあるし、お胸の大きいお姉さんの誘惑に負けて店に入りそうになるし、火山みたいに暑いし、なんかもう散々だ。
「ずいぶんと仲が良さそうじゃないか。……しかし、何故お前はこんなハレンチ極まりない場所にいるんだ?」
いきなり現れたシクロトは、ふよふよと浮いてあっしを見下していた。
「ま、迷っただけよ。別にお姉さんにやましい気持ちなんかないやんね……あと、言うほどでもねぇぞ」
「やはりな。お前の事だから、そう言うと思った。端から見たら仲良し子良しだぞ」
……そう見えるのか。嫌な気もするし、嬉しいと思ったりもする。大変複雑な気持ちだ。
とりあえず、引きずる事にした。
「あっしは男と仲良くせぇへんけどな」
男とは知り合い以上にはならない。あっしの中では、基本的にそういう事になっている。
生前も副業が同人作家だったし、勘違いした男に言い寄られた時は嫌悪感を覚えていた。
……親と男は別で考える必要があるな。
「……そうか」
シクロトはふよふよと浮いたまま、じぃっと親父を見つめている。
「……?シクロトどったの?」
「お前は、ここいらはやけに暑いと思わないのか?」
「思うけどよ」
「ならば気をつけろ。ここは火山地帯だ、ボクの様に浮いていなければ……」
「うわぁっ!?」
また長い説明が始まるのか、と思った途端地面が揺れた。あっしの立っていた所はみるみるうちにひび割れ、崩れそうになる。驚いて、ついつい親父を置き去りにして逃げてしまった。
「……それで、ここから不定期に湧く温泉には奇妙な効能があるらしくてな……」
こんな状況でも、シクロトは相変わらず説明を続けている。なんてこった、肝が据わってやがるぜ。
「親父イィィ!!」
手を伸ばしたが一瞬遅く、次々にピンク色のお湯が噴き上がる。シクロトや地元の人は慣れているのか、慌てる事もなく空を飛んで避難していた。
「……やっと収まったか!!待ってろよ親父……!!」
道のド真ん中に温泉が誕生した頃、ようやくお湯の噴出が緩やかになった。
この隙に、とお湯に浮いた親父を回収しようとして、あっしは目を疑った。
……なんか、髪長くね?
見間違いだと思い、濡れるのもお構い無しにお湯に入る。何とも言えない甘い匂いが漂って、酒でも飲んでる様な気分になる。
謎の匂いにクラクラしつつ中心にうつ伏せで浮かぶ親父を抱えたところ。
「……むがっ!?」
分厚い胸部装甲があっしの顔に襲いかかった。
……ヤバい事になっている。お湯から上がり、シクロトに叫んだ。
「おっ、おいシクロト!!やべぇ!!親父が!!」
「……やはりあの噂は本当だったか」
「噂って何だよ!!」
彼女は顔色一つ変えずに答えた。
「男が入ると絶世の美女になり、女が入ると媚薬と同様の効果が得られるのだそうだ」
「……うぅ」
驚いて親父を見ると、丁度目を覚まし目が合った。
……まつげが長い。潤んだ瞳はじっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。ハリのある肌にはほんのり赤みがさし、唇もほどよく赤い。
……あっしはこのお姉さんが自分の父親であった事も忘れて、しばらく見とれていた。
「……後妻にしたいわぁ……」
「残念だがお前の父親だ。一婦多妻、近親婚はここでは重罪に当たるぞ」
シクロトの言葉は見事に通り抜けて、全く頭に入って来ない。今抱えているお姉さんがとんでもなく美人である、と言う事でいっぱいだ。
「咲……?」
「何を言っても無駄だ。なんせ、今のお前は絶世の美女だからな」
「……はぁ!?」
こうして、あっしの家族構成に多少の変更が加えられた。
書いてから主人公がお湯を掛けられると女になる某漫画の存在を思い出しました。
でも安心して下さい、この作品は男0人を目指しています!




