PHASE:2-7/向日葵と低温火傷
マーク達の住処を出てからしばらく歩き、やがて血の様に紅い月が浮かぶ場所に出た。
妖しい光に包まれた街中を、二足歩行や四足歩行、挙げ句の果てには飛行したりと、様々な手段でクリーチャーがぶらついている。
綿菓子の様なクリーチャーが目の前を通り過ぎると、時紅は尻尾を回して腕から飛び出そうとした。
「……くいもんいっぱいある、すげー」
「たはは、もう気に入ってくれたの?ここはブレーリア。魔界に来た人が住む街さ」
こちらでの彼は甘いモノに興味があるのだろうか。
怠そうにしていたり、わたしにべったりくっついて離れない所は確かに時紅なのだが、まるで別人の様に思えた。
「好奇心旺盛なのはいい事だね。……さっきまでボク達がいたのはあそこだよ」
ぶんぶんと尻尾を回す時紅を見て楽しそうに笑い、マークはわたし達の後ろを指さす。
だが、後ろは道が続いていて、その奥には門があるだけだ。
さっきまで門にいた。当たり前の事じゃないか。マークはわたし達に何を見せたいんだ。
「違うって。もうちょっと上見てみなよ」
「えっ……!?」
言われた通りに門の上を見ると、真っ黒な身体から煙を立ちのぼらせた、月まで届きそうなほどに大きな怪物の姿が見えた。
隣には時計塔がそびえ立っていて、鐘が鳴ると怪物は紅い目をゆっくり点滅させて唸り声をあげた。その目は大小無数にあるから夜空に浮かぶ星の様に見えるけど、かなり不気味だ。
「あれはシグレギタール。魔王の亡骸の集まりに、よく分からないエネルギーが宿って出来た生命体だってさ。幽界にも同じ様な奴がいるらしいよ。……あ、封印されてるからボクらに害はないし、安心してよね!」
……幽界、か。
あの子達は人造クリーチャーだけど、ヒト扱いされてここにいるのだろうか。それとも、幽界にいるのだろうか。
「どうしたの?なんか変な顔してるけど」
「い、いや……少し、考え事をしていたんだ」
よく言葉が詰まる癖は、ここまで来ても直ってくれないらしい。また何か疑われたりしないかと考えると、頭痛がした。
……考え過ぎも直らないみたいだ。
マークはわたしを横目で見て、興味無さげな顔をした。
「ふーん。そろそろネクが危ないからあそこに入ろっか、面白い子がいるんだよ」
彼女が示したのは、西洋の街並みを思わせる風景にはおよそ馴染まない中華風の建物だった。派手な赤と青で塗られていて、大昔にあった「3D眼鏡」を彷彿とさせる。屋根に立てられた看板には「雷々亭」と書かれていて、近くをよく見ると「魔界食べログ認定店」の文字があった。
そう言えば、とマークの隣を見ると、元の大きさに戻ったネクが煉瓦造りの建物を食べようとしていた。確かに危ない。あんなモノを食べたら歯が欠けてしまいそうだ。
マークがネクを抱きかかえたので、とうとうわたしの腕から飛び出した時紅がここぞとばかりに扉を開けた。
店の中もやはり中華風で、赤い丸テーブルがいくつも並び、窓際には向日葵によく似た花が生けられていた。
「……中華か」
一度トランに本場の炒飯の作り方を教わった事があったのだが、わたしには上手く出来なかった。あの大きい鍋が扱いにくいのだ。
だからと言って中華料理を毛嫌いしている訳ではないが……悔しいと言うか、対抗心と言うか、そんな気持ちが出てくる。
「ラッシャーイ!」
威勢の良い挨拶に、わたしは息をするのも忘れてしばらく固まった。
「……トラン」
時紅がぽつりと言った。その声に反応して、声の主はすぐさま駆けつけてくる。
猫の耳と尻尾を生やし、独特の衣装を纏ってはいたが、その姿はどう見てもトランだった。
「ち、千絋姉!?なんでここにいるネ!!時紅兄もなんでちっこくなってるアル!?」
「わからぬ」
「……チヒロ、知り合い?」
上手く状況を飲み込めていないマークが、わたしの耳元でこっそり尋ねてきた。
「ああ。家族と同じぐらい、大事な存在だ」
素直に答えると、マークはふっと笑う。
「へぇ、家族かぁ。ボクにとってのネクみたいなモノかな」
その声は、とても冷たかった。
マークは両親をどう思っているのだろうか。家族の話をする時、クロトは必ず憎悪と悲しみがない混ぜになった目をしていた。マークやネクも同じで、酷い事をされて歪んでしまったのかもしれない。
「……それにしても、まさかこんなとこでまた会えるとは思ってなかったアル。淋も連れてくるから、ちょいと待っててネ!」
わたし達を強引に椅子に座らせ、トランはばたばたと店の奥に走っていった。
「……マーク……」
「あだだだ、本当にネクは食いしん坊さんだなぁ」
ネクは泣きながら彼女の腕に噛みついては歯形を付けている。
泣いているのだから、よほど腹を空かせているのか、自分では抑えたいのに抑えられないかのどちらかであるのは分かっている。前者ではどうしようもないが、もし後者であれば……
時紅がちらりとネクの方を見る。
「……こっちのクロはおかしいな、なんかな」
そう言って、わたしの膝の上に正座した。
トランの性別はトランです。
トランって言ったらトランなんですよ。ベツニオンナノコトカイッテナイアル。




