PHASE:2-4/抱絶とジレンマ
黙りこくっていたシクロトが、また口を開いた。
「……お前は、ロギの娘らしいな」
「何でんな事知ってんだよ」
……しまった。あいつの事となると、女の子相手でもつい口が荒くなってしまう。
自省するあっしにはお構いなしに、彼女は話を続けた。
「お前がここに来る前から……と言うより、お前が生まれてから話は何度も聞いていたよ」
「……は?」
「やっと歩ける様になっただとか、喋れる様になっただとか、いじめられているから心配だ……とかを延々と聞かされてな。……そうだ。お前があいつと初めて顔を合わせた時、不審者呼ばわりしていたそうじゃないか。みっともなく泣いていたぞ」
まるでおかんにからかわれている様で、穴があったら入って、そのまま地下通路でも作ってしまいたいぐらい恥ずかしかった。
そんなあっしを見て、シクロトは微笑む。……やっぱりクロトに似ている。全然笑えない日々を送ってきた人は、ちょっと笑うだけでもすごく可愛いのだ。
シクロトも、何か重たい過去をひきずったりしているのだろうか。
「……ロギは5歳の時に母親を亡くしてしまってな、父親に酷い育て方をされていたらしい。恐らく、そのせいで人……特に家族と関わるのが極端に苦手になったのだろう。父親の様になるのが恐ろしくて、表に出せないんだそうだ」
虐待児が親になるとループするって奴か。確かに子は親の鏡ってコトワザもある。だが、そんなもんをいちいち真に受けてたらキリがないだろう。
「バカみてぇだな」
「ああ、あいつは親バカだ……それも、親と言うモノを持たないボクでも分かるぐらいにな」
シクロトはふと表情を曇らせた。
「シクロト?」
「……いや、何でもない。……ボクは、あいつがそんな父親だとは思えないが」
どこからか飛んできた桜の花びらが、寂しそうに笑う彼女の頬を掠めていった。
……やっぱり、二次元から出てきたみたいに整った顔だ。でもよく見ると、可愛げのあるクロトとはまた違っていて……何と言うか、きりっとした雰囲気を帯びている様な。
「おい、何をじろじろと見ているんだ」
「いや、何でもねぇや。……はぁ」
美醜問わず、女の子の顔を見ていると色々考えさせられる。檜に勘違いされて、気移りし過ぎだにー、とか何とか言われた事を思い出してため息をついた、その時だった。
「……咲ー!?」
「うわっ、やべぇ……ぐぇ!?」
文字通りのゴーストストリートな通りの奥で、あっしの名前を呼ぶロギを見つけた。当然ながらその場から逃げようとしたけど、シクロトに首根っこを掴まれてしまった。
「待ちんしゃい、何ゆえ逃がさんのや!!」
「はは、驚いた様だな。ここに来る様に適当に煽っておいたんだ。……さて、ボクとの話はこれまでにして、仲直りでもしたらどうだ」
「で、でも」
「……心配するな。お前は、良い父親を持っている」
再び寂しそうに笑って、シクロトはふっと消えてしまう。その後には、やっぱり線香の匂いが漂っていた。
「……っ!!」
ロギはあっしに気づいて立ち止まる。ほんの一瞬何か思い詰めた様な表情をしていたが、すぐに駆け寄ってきた。
……なんて言葉を掛ければいいんだろうか。「おかえり」か?いや、待ってなんかいない。「ありがとう」?絶対におかしい。
……考えろ、あっし。まず最初に言うべきなのは……
「「……ごめん」」
そうだ、この言葉だ。




