PHASE:2-3/厄喰みの病
「じゃ、お仕事が決まった事だし正式に魔界を案内するよ。短い間だけど、チヒロにも楽しんでもらいたいしさ!へへー」
マークは意気揚々と腕を振り上げ、軽やかな足取りで歩き出した。まるで子供の様だ(見た目は子供だが)。しかし、油断してはいけない。もしかすると、わたしを集団で殺しに掛かるかもしれない。
ここでわたしの不死は通用するだろうか。
「どうしたのチヒロ?安心してよ、ボクが殺すのは「存在してるだけで有害なくせに、何の利益も生まない魂」だけだからさ!」
花が咲いたかのごとく華やかな笑顔だが、それを一気に枯らす様な事を彼女はごく普通に言ってのけた。
どういう態度を取ればいいのか、と困惑していると、玉座からネクが顔を出し、やがてわたし達の元へのそのそとやってきた。
「……マーク、お腹空いたぁ……」
「ひゃっ!?」
半べそをかいているネクの左腕は巨大な蛇に変わっており、にょろにょろと動いて獲物を探していた。
「あー、待っててね、もうすぐだから」
「……どうなってんだ」
時紅は顔をしかめてむぅと唸った。その尻尾はぴんと立てられたままびくとも動かず、警戒する犬の様になっている。しかし、わたしが捕まえて抱えるとふさふさと揺らした。
……分かりやすいな。
和んでいる間にもネクの腕はマグロになったり鹿になったり、とうとう耳までせわしなくその姿を変えていた。
「マークぅ……」
ぼろぼろと涙を溢す彼女は、とうとうマークの腕に噛みついた。
「あだだ……ネクはお腹空いたままほっとくと、共食いしちゃうんだ。境界とか幽界とか見境なく魂を食べるから、三界が滅びそうになった事もあるんだよ」
「……どう止めたんだ?」
「餓死しそうなネクのお腹をいっぱいに出来るのはお父様ぐらいしかいなかったからねぇ……その頃は料理なんてした事なかったから、塩とコショウをパパーっと掛けて焼いたよ。お父様だけにパパーってね、ふふ。確か4000年ぐらい前の話だったかな」
マークは笑い話をする時の様な調子で、次々におぞましい事を話す。この世界では普通なのか、はたまた冗談のつもりなのか。どちらにせよ、気が触れているとしか思えなかった。
「……マ、マーク……もう、無理……」
ネクの声は、恐怖に震えていた。
「……っ!?」
まともに開いたその瞳を見て、わたしは思わず身をすくませる。
……飢えた狼の様な殺気を感じたからだ。
怖い。怖い。このままでは、マークが、いや、わたし達まで骨すら残さずに喰われてしまうかもしれない。
「……ぷしゅぅ」
ネクはしゅるしゅると縮み、やがてマークの小さな手のひらにすっぽりと収まるほどになった。
その様子を見て、わたしはほっと息をつく。時紅も同じで怖かったのだろうか、腕をしっかりと掴んできた。
「こっちのクロはこええ、むり」
……恐怖に支配されて、彼女の事を考える暇がなかったらしい。少し恥ずかしくなった。
「……よし、これでいいかな」
小さくなったネクを肩に置いて門を開こうとする彼女に、わたしは問い掛けた。
「マークは、腹を空かせたネクの目を見て……怖いと感じたり、しないのか?」
「全然。ボクとネクは誰からも怖がられてる、だからお互いを怖いって思ったら終わりだよ。もしかしたら、存在出来なくなるかもね。……ねぇチヒロ。君はネクを怖いって思ったからそう聞いたんだよね?」
悲鳴の様な音をあげて門が開いた。
マークは振り返る事なく続ける。
「君はボクのお気に入りだから言っとくよ。……怖いと思うのはいい。でもネクを傷つけたら容赦なく叩き潰すからさ、そのつもりでいてよね」
呪いの様な言葉とは裏腹に、その声はとても明るかった。




