PHASE:2-2/死者の体温
「……クソが」
人通りの少ない通りに出てベンチに座る。棒が落ちていたので踏み潰すと、粉々に砕けて消えていった。
……誰だって、あんな扱いされたらそう思うに決まってるじゃないか。
あいつがいなかったせいで、あっし達は大変な目に遭った。
おかんは毎日夜遅くまで働いてあっしと兄貴を育ててくれていた。幼稚園だか小学校低学年だかの行事の時に、おかんが過労で倒れてからは毎日いじめられる様になったけど、何でもないフリをしていた。
あっしにとっての家族は、兄貴とおかんだけだった。おかんから初めてロギの話を聞かされた時は、「どうしてあいつはあっし達を見捨てて逃げたんだ」と非常に苛立たしい気持ちになった。それは今も変わっていない。
……と言うと、嘘になる。
「……なんで、父親らしい事しねぇんだよ」
少しは考えを改める様になった。またいつか会った時は、家族として迎えられる様に努力しよう。そう考えていた。
……なのにあいつはそっけなかった。冷たかった。あっしもついあんな態度を取ってしまった。それがどうしようもなく許せなくて、悲しいのだ。
「ふん。……ここにいたか」
また線香の様な匂いが広がったかと思うと、そこにはシクロトが立っていた。あっしに何も聞く事なく隣に座り、ふと語り出した。
「……人間の溜めた負の感情は、行動によって処理される。しかし幽霊は違う。『禍(マガ)』となって、その身体を蝕むのだ。それは自然に消えるモノではない。……お前、試しに手を見てみろ」
「……うげっ」
言われた通りに手のひらを見ると、どういう訳か赤黒い触手……の様なモノがうごめいていた。
「それが禍だ。禍が幽霊の身体を完全に蝕むと、『禍魂(マガタマ)』となってしまう。奴は幽霊を喰らい、転生を阻む」
シクロトは深呼吸してまた話した。
「禍を封印出来るのは王だけだ。……ボクがいいと言うまで目を瞑れ。……そして、ボクを許せ」
「お、おう……」
許せ、と言われても何故許す必要があるのか分からん。とにかく目を瞑っておくだけでこの気持ち悪い触手が消えるんなら、大歓迎だ。
目を瞑ると、手が握られているのを感じた。それまではまぁ良かった。
いつの間にか吐息が近くなっていて、唇に何か当たっていて、熱かった。どういう事だと思ってうっすら目を開けて見ると……
「何故目を開けた、目を開けるなと言っただろう……バカ者が」
かなり近い距離にいたシクロトは、顔を赤らめて今にも消え入りそうな声で呟いた。
……キス、されちまったのか。
考えがまとまらない頭のまま、彼女に握られた手に視線を落とす。
触手は消えていた。
「こうしなければ、禍は消せない。……すまなかったな。……こんな、女同士で」
顔を手で覆うシクロトに、どう声を掛けていいのか分からない。しかし、ここはちゃんと話さなきゃ泣いてしまうかもしれないし……ここは無難に曖昧な言葉でうやむやにしよう。
「いや、別にいいけど……」
「お前は、性的少数派に理解があると?」
驚いた顔でシクロトはこちらを覗き込んだ。あんな事をされた後なので、こちらも恥ずかしい気持ちになる。
「んー……まぁ、そんな感じやね」
「……そうか」
シクロトとあっしは、しばらく口元を覆ってうつむいていた。




