ACT:1-10/闇を照らす魔王
「わぁ……」
門をくぐると、無数の光る結晶が浮く暗い場所に出た。まるで宇宙の様で、思わず感嘆の声を漏らすほど綺麗だった。
それを見たネクは、満足そうに笑った。
「……おねえちゃんも気に入った……?」
「へへ、凄いでしょ。……ようこそ!ここは魔界、迷える魂が第二の生を待つ場所さ」
マントを翻して歩き始めたマーク達の後を歩いていると、胸元でもぞもぞと動く感覚があった。ようやく時紅は起きたらしく、わたしの腕の中で二人の後ろ姿を見て目をぱちくりさせていた。
「んあ……クロがふたり……チヒロ、どうなってんだこれ」
「どうなって、と言われてもなぁ……わたしにも分からないよ」
煌めく結晶と時折現れるクリーチャー達(皆一様に挨拶してきたので、元々はわたし達と同じヒトなのだろうか?)を眺めながら歩き、やがて松明が無数に並ぶ空間に着いた。そこは今まで歩いてきた闇を固めた様な固い床とは違い、石畳の舗装された道が奥に見える門まで続いている。前は一歩歩く毎に綺麗な音が鳴ったが、ここではカツカツと言う音しかならない。
……少し安心した。何もかもが不可思議なこの世界にいて、そろそろ普通が恋しくなってきた所だったのだ。
「よいしょっと」
「ひっ!?」
マークが門を開けると、恐ろしい光景が目に入った。
巨大な玉座に向かって真っ赤なカーペットが敷かれ、その両端にローブを纏った骸骨達が松明に照らされてただずんでいる。
「あれ、お留守番してくれたの!?助かるよ、ありがとう!」
マークが骸骨達に駆け寄って笑いかけると、彼らは門に向かってカタカタと音を立てながら歩いてきた。
「ひゃっ!?」
「うぃっす」
「新入りちゃん?まぁ頑張ってくれや」
「これぐらいでビビってちゃ、この仕事はおすすめできねーぞ」
「あ……は、はい」
……あんな見た目で喋れるのか。びっくりして、しばらく言葉を失っていた。
「……さて。ちゃんと色々お話しなきゃね。入った入ったー……ってありゃ、寝てるや……ネクはもう寝とくー?」
「ぐぅ」
いつの間にか玉座の上で眠っていたネクは、こくりと頷きすっと消えていった。
「ネクは病弱でね、不安定な子なんだ。今日は元気だったみたいだけど、いつもなら身体の一部が別の生き物に変わったりするんだよ。あんまり不安定なモノだから、魔界での性別とか見た目をおおまかに決める役割を持ってるんだー」
「なるほど」
玉座の元にやってきたわたし達は、改めてその巨大さを実感した。
「……おー、でけー」
首が痛くなるまで見上げても、背もたれに終わりが見えない。横幅はダブルベッドひとつ分よりも遥かに広く、100人は余裕を持って眠れそうだ。
「これすごい大きいよね!前王……ボクのお父様の身体が大き過ぎたからこんなに大きくなったんだよ、へへー」
ニコニコとしながらマークは玉座に座ったが、すぐにはっとして何もない所を引っ張った。
「すやすや」
今度は何かと思いきや、寝間着姿で毛布を被ったネクが出てきた。
「……改めて自己紹介だね。ボクは魔王マックスウェル=ロード、そしてこちらも同じく魔王ネイクリッド=ロード。魂を繋ぐ輪廻の巫女さ!」
名乗りを終えると、マークはせっせとネクを玉座に押し込んだ。
……可哀想に見えてくるが、彼女としてはどうなのだろう。そしてどこに送られるのだろうか。
「まずこの世界について……ってああ、そういや君、イレギュラーについて知りたいって言ってたよね。そっちからにしようか、ほら上がって上がって」
マークが手招きすると時紅はぽーんとわたしの腕から飛び出し、玉座に寝転がった。
「こら時紅、お行儀が悪いぞ」
わたしは靴を脱いで玉座に座らせてもらう事にした。
「はは、いいんだよそんなの!可愛い狸ちゃんだから特別さー」
「むふー」
マークにふさふさの尻尾を撫でられると、時紅はご満悦な様子で背中を丸めた。
……かわいい。
「……イレギュラーは名前通りの存在でさ。普通、魔界は境界……つまり君達ヒトの世界で一度死んだ人がやって来る場所なんだけど、どういう訳か生きてるのにここに来る人がいるんだよね」
「……わたし以外にもいた、と?」
「ああそうとも。だいたいボクがここの王になってから……10人ぐらいいたかなぁ。皆記憶を失ってたから、『始末する』しかなくて面倒だったよ」
マークはにこやかな表情のまま、さらりと恐るべき事を言った。
「……イレギュラーが魔界にいると、どうなるんだ?」
「ええと、確か……生きてるのに魂だけがこちらに飛ばされて、魂の一部がクリーチャーになって、そのクリーチャーが死んでも魂の一部だけが幽界に行って……まぁ簡単に言うと、絶対に死なないうえに行動パターンも不明瞭なクリーチャーが生まれて、次に目覚める時はもう別の人の魂がヒトの身体に入り込んでるって感じかな?魔界としても、幽界としても、境界としても、かなり厄介な存在だよ。幽界もそういう存在は「乱生者(パニッカー)」ってイレギュラー認定してるらしいし。だからボク直々に魂を始末するか、記憶を持ってるなら境界の肉体に働きかけたり、幽界の王に頼んだりしなくちゃいけない。……こんな話を聞いたら、君は記憶があるって言うだろうね。でもボクは嘘が見抜けるんだ。隠そうたって無駄だよ!」
……ただの無邪気な人だと思っていたが、どうもマークは狡猾な人物らしい。彼女がわたしを追い込んで始末するつもりである事は明確だ。
「……嘘ではないが、わたしにはちゃんとここに来る前の記憶がある。……憎んでいた相手に、何か注射を刺された。恐らく仮死薬だろう」
マークはわたしの目をじっと見ていたが、やがて頷いた。
「……うん、本当みたいだね。じゃあしばらくはそこの狸ちゃんと一緒にボクの仕事を手伝ってもらうよ。……君達二人をこれより王立調査員に任命する!……えっと……長いから狸ちゃんと……あ、名前聞いてなかった!」
「……千絋だ」
「じゃあ改めて宜しくね、チヒロ!」
……この笑顔には果たしてどれほどの邪心が込められているのだろうか、それとも込められていないのだろうか。
複雑な気持ちのまま、わたしはマークの手を握った。