ACT:1-2/もう一人
「くっそ……何やのあいつら、こんなとこ閉じ込めやがってよぉ……」
ごわごわしたベッドから鉄格子付きの窓を眺め、あっしはため息をついた。
この牢屋にはベッドと鉄格子以外何もない。……まぁ食ったり風呂に入る必要もないし当然か。でも、せめて百合本のひとつやふたつ置いてくれても良いだろうに……
「暇だぜぃ……なぁ、カーシェス……ト……」
バキバキに曲がった刀はそこにはなく、代わりにあっしと同じ瞳の色をした和装……っぽい服装のお姉さんがいた。
「……おかん!?」
そしてそのお姉さんは、なんとおかん……音邨 ユイそっくりの姿をしていたのだ。
驚愕のあまり開いた口が塞がらないあっしの頭を、お姉さんはぽんぽんと叩いた。
「……おかんは今までずうっと咲ちゃんの事見てたんよ。もう、ほんまに心配で心配でたまらんかった。死んでもうたけど、正気に戻った咲ちゃんの顔見れて嬉しいよ」
そう言って今にも泣きそうな笑顔を見せるおかんを見て、目頭が熱くなるのを感じた。
「おかん……ほんまに、カーシェストがおかんやったんか?」
「そうよ」
「じゃあ、あっしと檜の事も見てたんか?」
「うん。……ちょっと恥ずかしかったけどな」
微塵も変わっていないおかんの優しさに、とうとう涙が溢れた。
「ひっく……おかん、今まで迷惑掛けてっ……ごめんなざいぃ……!!」
「もう……そんな謝らんくてよいのになぁ。いっつも悪ガキみたいやのに、今だけ良い子になってもおかんは困るで」
「だって……だってよぉ……うえぇ……」
カーシェスト……もといおかんとは、千年以上の時間を共にしてきた事になる。それなのにあっしは存在にも気づかず、おかしくなって凶行に走っていた。これを謝らずに、どうしろと言うんだ。
「もうちょっとで成人なんやから、そんなみっともない泣き方しなさんな」
「でもあっし……もう死んでるもん……ひっく」
ぐずぐずと泣いていると、足音、そして鍵を開ける音が近づいてきた。目をぐいと擦って誰かが来るのをじっと待つ。
「……王がお呼びだ。ついて来なさい」
妙な仮面の野郎を引き連れたロギが、牢屋の鍵を開けた。
「……ありがとうね、ロギ。咲ちゃんと話す時間くれて」
「……」
おかんの言葉にロギは何も答えず、少し視線を逸らすだけだった。
「……最低かよ」
「ちょっと不器用なだけやさかい。そう責めたらいかんよ」
ぼそりと呟くと、扇子で叩かれた。
長い階段を登っている時、ふと後ろを見てみた。
カラスや狐の面で顔を隠したり、翼や牙を持った幽霊達がぞろぞろとついてきている。なんで龍人がこんなとこにいるんだ、と思い、すぐに思い出した。そうだ、龍人ってちゃんと死ぬ存在だったや……と考えた所で、百鬼夜行の先頭になっているロギを蹴りたくなった。あっしは歩く百……いや六百鬼夜行なんだから、先頭ぐらい歩かせてくれてもいいじゃないか。
「いてて」
さりげなく足を踏んでやろうとすると、お付きの奴らに頬をつねられた。
痛みに拗ねていると、やがて紫の光に照らされた門の前に辿り着く。
「__クロト!?」
音もなく門が開いた途端、あっしは思わず声をあげてしまった。
コロシアムの様な空間の遠くにある玉座には、クロトの姿があったからだ。
駆け寄ろうにも駆け寄れず、あっしは幽霊達と共にコロシアムの中心まで歩かされた。
「主。罪人達を連れて参りました」
「御苦労」
ロギは恭しく礼をして、かき消えたかと思うと玉座の元に移動していた。
「……そこのお前、ボクの名を知っているのか?」
「いや、知ってるも何も一緒にいたやろうに……」
玉座に座っていたクロトは立ち上がり、大きく跳躍してこちらに来た。
「残念だが、ボクはお前の知る『クロト』ではない……ボクは死々王 繰人。『Σ』なるモノから生み出された闇の巫女であり、どこまでも罪深きこの世界の王だ」