魔力タンク扱いで、女に顎で使われてるけど、特に不便は感じない。
「ほら、早くマナを寄越しなさい」
何処の視点から見ても高飛車な金髪の女子が俺に言う。
典型的な魔法使いスタイル。
黒のレースのロングスカートに、真っ赤な魔法衣と長い杖。
この子が俺の契約主様。マーニアだ。
「……ほらよ」
右手を伸ばした。
マーニアはその手を乱暴に掴む。
「「『譲渡』」」
もはや慣れたもんだ。
体内にあるマナが、俺の右手を通してマーニアへと流れていく。あっという間にマーニアの『器』はいっぱいになった。
「やっぱり、あんた凄いわ。受け渡し速度も速いし回復量も他のタンクと比べて段違いね」
「ありがとよ」
別に褒められても嬉しくもなんとも無い。
つまりは他のヤツらより長く使えるって言われてるだけだからな。
「マーニア、終わったら前線に戻ってくれる?ボクのタンクはもう使い潰しちゃった」
「あら、もう?早いわね」
「まあ、予備が後四つあるし、一番少ないヤツだから大丈夫だよ。そんかし少し節約かな?いざとなったらマーニアのタンク貸してね」
「高いわよ」
「友情価格を期待したいなー」
「残念。それは無理ね」
白いヒラヒラの袖出しワンピースをつけた、青髪ロングの小柄な少女が笑う。
彼女はヒーラーのミフ。
回復専門の魔法使いだ。
「んじゃ行ってくるわ。どっかで隠れてなさい」
「へいへい」
マーニアは俺に視線をよこす事もせずに離れていく。
ここは荒野の岩場。
俺たちは契約主に連れられてモンスター討伐の為にこんな場所まで来ている。
彼女達は傭兵団『荒鷲』の傭兵達だ。
国に雇われて、大型モンスターの討伐をしている。
「それにしても、本当に君のマナは多いね。ボクのタンク全部合わせても君に敵わないんじゃ無いかな」
「そんな事ないですよー」
棒読みで答える。
俺はミフが苦手だ。ていうか、『荒鷲』のメンバー全員が苦手と言っていい。
傭兵達も、タンク達もだ。
「……マーニアより高い契約金払うって言ったら、どうする?」
「俺、揉めたくないんすよー」
棒読みで答えた。
冗談じゃない。大勢いる『荒鷲』のメンバーの中で、マーニアが比較的マシな方だととっくに知っている。
傭兵団『荒鷲』。腕ききの女達の集団だ。
他の女共とは死んでも契約しない。
それに俺は今の生活になんの不満もない。
前線に出て剣を握らなくていいし、何より時間が余りある。
自分の為に使える時間のなんと贅沢な事か。
「まあ、考えといてよ。確かにマーニアは腕も立つし、金もあるけど。ボクだって稼いでるからね。近々、城に召し抱えられる予定だってあるんだ」
それが本当に只の予定なのも知ってる。
トランジスタグラマーなミフは、王城の要職に就く老人にわかりやすく誘惑している。何度も見た。
まあ、今の男共は軒並み草食系だ。
余り効果もないだろうし。女性の権力が圧倒的に強いこの世界で、その大臣の権力なんてたかが知れてる。奥さんの方が位がはるかに高いしな。
「…マーニア様には恩もありますし」
そう、俺がこの時代で目を覚まして途方に暮れていた時、強引ながら俺を引っ張ってくれたのはマーニアだ。
性格にかなりの難があるが、彼女には少なくない感謝の気持ちがある。
「そう。気が変わったらいつでも言ってね」
ミフはそう言って前線に戻る。
本当に、この時代の女の強くて賢しくて、そして逞しい事と言ったら。
かつて俺が剣を振るってた時代には考えられないな。
そう、俺はこの時代の人間ではない。
今から数百年前を生きた過去の人間だ。
事情があって眠りにつく事になり、気がつけば草原のど真ん中の土の中にいた。
慌てて這い上がって、着の身着のまま狩りなどをして辿り着いた街で俺を拾ったのがマーニアだ。
現代、つまりマーニア達の時代は、女性の時代だ。
かつていた雄々しい男達は皆しおれて細く退化し、変わって女性が剣や弓、槍や杖を握り戦っている。
国家の要職に就く者も全て女性。国家元首も皆が女王だ。
目覚めて街に着き、一ヶ月ほど街の図書館で調べた結果、なんだか信じられない現象が起きて今のような偏った世界になってしまっていた。
俺が眠りについた十数年後。
ありとあらゆる物を構築するマナと呼ばれる物質が、女性の方が効率良く扱える事が判明したらしい。
マナは所謂魔法の源だし、人間を形作る物でもある。
その結果、男より力が強い女が現れ、男より高位の魔法使いが現れる。
まあ、それでも数十年ぐらいは男女平等とまではいかないが、うまくバランスが取れてたみたいだ。
だがある時を境に、それが大きな偏りを見せるようになった。
男の体内にあって、女性の体内にない物の存在の所為だ。
それは所謂、精子。
生命の素である精子は、それ自体が高密度のマナの塊で、さらに混じりっ気なしの原始に最も近い力だ。
それを、性的な方法無しで女性に譲渡する術ができてしまう。
当時の男性が一人として望んでない術だと断言できる。
それまでも精子をマナに還元する術はあったが、それは所謂ところの性交でしか女性に譲渡できなかった。
女性としては、まあ、不服だったのだろう。
自分より劣っている存在に身体を預ける事に我慢できない女性がかなりいたようだ。
その術は瞬く間に世界に拡散し、研究、洗練され更に強力になっていく。
さっき俺も使っていた術だ。酷いほどに簡単、そして強力だ。
1時間学んだらあっという間にできるようになった。
それが、世の男性の衰退を招いた。
男性なら判るはずだ。賢者タイムの存在を。
精子をマナに還元し、体外に放出する。つまりは玉袋はカラカラになる。そうなれば、否応なく賢者タイムは訪れてしまう。
それが、女性の手によって何も満たされる事なく、性欲を発散する事なく、快楽もなく呼び覚まされる。
なんの拷問だろうか。
まあ、その術が完成、発展してしまった訳だ。
そして数百年程、男の性欲が繰り返し霧散されてしまった結果、男という種はわかりやすく退化した。
筋肉は衰え、身体は細くなり、肉食から草食へ。
生物の証たる性欲は薄れ、もはや雄の本懐すら危ぶまれてしまう。
かといって女性側はそうともいかず、人口は安定して増えているが、これは全て女性側の意思によりもたらされた結果だ。
子孫繁栄に男達の意思が一切介在していない。
そこにかつての紳士達の気概は微塵も残っていなかった。
完璧な女尊男卑の世界の誕生である。
男達は今やマナタンクと呼ばれ、全体の70パーセント程がタンクとして生計を立てている。
契約という形で奴隷となり、使い潰され、気の向くままに子作りの道具と化していた。
「これが、お前達の目指していた世界なんすかね?」
かつて共に戦った仲間達に想いを馳せる。
世界の為に、涙を流しながら俺へ剣を向けた親友。
俺への想いと、家族への想いを天秤にかけ、半狂乱になりながら魔法を放っていた彼女。
奥歯を噛み締め、真っ青な顔で謝罪の言葉と共に神に祈ったあの子。
唯一俺を逃がすために、全ての力を出し切って俺を封印し死んだ恩師。
彼らは果たして、何を思い、どう生きて、どう死んだのか。
それだけが、気がかりで堪らない。
とは言っても、今の俺は無気力この上無い。
唯一の楽しみは、マーニアとの契約金で買った家の牧場経営だけだ。
乳牛40頭に鶏100羽。牧羊犬七匹と過ごすスローライフ。
かつて剣を握ってた頃には想像もつかない理想の生活。これ以外は何もいらない。
マーニアとの契約期間はあと十年。
それが済んだら、俺は牧場で毎日気ままに暮らすんだ。
時間なら無駄に沢山ある。
半分人間辞めたおかげで、寿命がいつ来るかもわかんないし、かれこれ十年程老化してない。
「俺が動くと、無駄に騒ぐヤツもでてくるだろうしなぁ」
「き、キミ」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、病的に白い細身の男が立っていた。
たしかミフのタンクで、名前は、えっと、あの、その、トラだかライオンだか。
「ヒョウだよ」
あ、そうそう。ヒョウだ。
「なんだ?」
「み、みんなもう隠れたよ。キミも早く」
おっといけない。もうタンク達はマーニアが魔法で掘った洞窟に避難していたようだ。
現代の男に戦闘能力なんて存在しない。
俺の育てている乳牛よろしく、必要な時にマナを吸い取られ、枯れたら休まされるだけだ。
吸われているのは精子なので、ほっときゃ溜まる。だがかつての男達と違い、性的な器官が退化した現代の男は、その回復量があまりにも少ない。
だいたい満タンになるのに半月ぐらいは余裕でかかる。だから女達は複数のタンクと契約するし、貯蔵量が多いタンクは高額で取引されている。
「今いくよ」
「わ、わぁぁぁぁぁぁ!」
「ん?」
トラだかネコだかが突然叫びだした。
その視線は俺の頭上を越え、後方を捉えている。
試しに振り返ると、そこには大きな灰色のトカゲがいた。
なんだったか、グレイトドラゴンっつったっけか。
「アイドワイト!」
俺を呼ぶ声がする。そこには息を切らせたマーニアがいる。
どうやら彼女達の獲物の一匹が、群れを離れて俺たちの所に来たらしい。
彼女は俺たちがいる事に気付き、戻ってきてくれたのだろう。
グレイトドラゴンは雄叫びをあげると、口に炎を溜め込んだ。
「アイドワイト!逃げなさい!」
マーニアが叫ぶ。
そう、彼女が他の女よりマシな部分は、なんだかんだ言っても俺の事を人間として扱ってくれる所だ。
これがミフなら、軽い感じで「逃げないと死ぬよー」とか言うんだろう。そして別に助けようともしない。多分。
「心配すんな」
マーニアにそう告げた瞬間、俺とライオンだかジャガーだかに炎が降り注いだ。
逃げ遅れたジャッカルだかハイエナだかが声にならない悲鳴をあげた。
「アイドワイト!」
マーニアの悲痛な声が響く。
でも言ったはずだ。心配ないと。
現に俺はピンピンしている。
この程度の炎、特に何かしなくても問題ないが、コヨーテだかウルフだかが耐えきれないだろう。
そんなわけで、マナを周囲に散らすだけの結界を作った。
魔法としては体裁すら取れてない程度の結界だ。
それでもこんな貧弱なトカゲのブレスごときじゃ俺には届かない。
「心配ないって。知ってんだろ?」
俺は腕を振り、マナと一緒に炎を散らす。
腰を抜かしたチーターだかグリズリーだかは半分失神してるようだ。
げっ!ていうか、失禁してないかこいつ!
呆れながらトカゲを見ると、身をたたんで俺に飛びかかってきた。
「だめだよトカゲくん」
本能とやらはどこに行ったのかね。
右腕を引き、口を開けて俺をかみ殺そうとするトカゲに突き出す。
その拳が触れた瞬間、トカゲが破裂した。
というか、木っ端微塵に吹き飛ばした。
「……あ、アイドワイト」
マーニアが口を開けて俺を見ている。
「残念だトカゲくん。遥か昔、しかも数秒とは言え、お前達の主人だった俺に歯向かうなんて、嘆かわしい」
そう、俺はかつての魔王。
そして勇者と呼ばれる化け物だった。