前編
特殊部隊の参加する作戦の全てが極秘作戦(covert operation)と言う訳ではない。何れは情報開示される。
1980年がローデシア人にとって苦痛の記憶として永遠に刻まれた。その年、ローデシア軍特殊部隊セルース・スカウツのメンバーの多くが同じ白人国家である南アフリカに逃れたのも、敵対していたゲリラの風下に立てないと言う事で当然の帰結だった。
「それでもセルース・スカウツか、根性見せろ!」
丸太を抱えて走る兵士達を罵倒してくるのは南アフリカ軍歩兵学校の士官だ。殺意に満ちた視線を向けるのは元セルース・スカウツのアンソニー・ポポフ軍曹。モザンビークでの越境作戦を経験しており素人ではない。
ポポフが南アフリカ国防軍で再訓練後、5.1コマンドーの一員としてアンゴラ北東部でFAPLAに対する輸送ルート破壊に従事した。
FAPLA──それはアンゴラを支配する悪魔的社会主義政権、MPLAの手先である武装集団である。
南アフリカは反共産主義最後の砦として日夜、邪悪な共産主義者の侵略から世界を守り聖なる闘い続けていた。その最前線アンゴラでは、肌色は黒くてもの自由の戦士であるUNITAを支援して活動していた。UNITAをアンゴラの正統な政権と認める南アフリカは邪悪なMPLAの存在を許すわけにはいかなかった。
「相変わらず懲りもせず、敵はUNITAへの攻撃準備を進めている。今回のオーダーは敵の戦力増強を妨害する事だ」
FAPLAの増援を乗せた輸送部隊を攻撃する為、複数の攻撃ティームが送り込まれる。
その中でポポフ軍曹のRecceティームは部下と合わせて7名。小銃の他に軽機関銃とRPGで武装した小規模なコマンドー部隊であるが、聖戦に往く愛と勇気に不足はない。
「来た」部下の声に反応する。
北から悪の軍団、FAPLAのトラックが禍々しい排気ガスを撒き散らし大気を汚染しながらやって来る。
(奴等は邪教徒だ)
共産主義を信奉する連中は殺しても構わない。害悪を撒き散らすからだ。
地雷で前輪を吹き飛ばされてトラックは横転した。もし地雷に巻き込まれるのが非戦闘員なら、等とリスクは考えない。これは戦争であり、巻き込まれたなら運が悪いだけだ。後続のトラックが追突を避けて停車した。そこにRPGを撃ち込んで破壊した。
時間にして五分もかからなかった。敵は効果的な反撃さえ出来なかった。悪の手先である生き残りを始末すると地図や書類を漁る。使えそうな物も頂戴して行くのは盗賊に相応しい。
「ポポフ軍曹」部下がヘリコプターの接近を報告してきた。
(あれは……)
爆音が聞こえ、見えて来た機影はロシア製Mi-8輸送ヘリコプターのガンシップタイプ。ロケット弾や機関銃を装備しており、死の臭いを嗅ぎとれた。
南アフリカ空軍が使うのはフランスのシュペル・フルロンがほとんどだ。となると、相手は味方の空軍ではない。敵だ。引き揚げの指示を出す前にそれはロケット弾を撃ち込んできた。「糞ったれ!」罵り声を漏らすポポフ達の側で爆発が起こり、フレシェット弾が降り注いだ。悲鳴をあげてのたうつ隊員に空から機関銃が掃射された。「チャアアアアアム!」チャム伍長を助けに向かったハム伍長とヘケ一等兵も犠牲になった。
茂みに飛び込んだポポフの前にMi-8ヘリコプターが着陸した。後部の貨物室から飛び降りたのは、リザードパターンの迷彩服を着た兵士達だ。手に持っているのはAKにRPDとありふれた装備で何処の所属かは分からない。一際目を引いたのは、黒人の兵士に混ざって白人の指揮官が居た事だ。
(ロシア人か?)
足を射たれて呻いているトムソン伍長に白人は近付いてくる。
「降伏する」
トムソンがそう言った瞬間、頭部を撃ち抜かれて射殺された。
(畜生!)
怒りで震える拳を握りしめてポポフは復讐を誓った。
◆
1984年2月19日、アンゴラのクベライ川で任務遂行中のタスクフォースX-Rayから妙な報告が入った。「白人兵士の部隊がUNITAを攻撃している」と言う情報だ。ベテランであるはずのRecceティームが壊滅したと言う事実が信憑性を増した。
「くそったれロシア人か? それともドイツ人か」
「スペツナズが動いたと言う報告はありません」
プレトリアの南アフリカ軍司令部はロシア人の関与を疑った。確かにソ連は友好国に資金・兵器だけではなく軍事顧問を行っている。これはソ連軍の本格的な派兵の予兆かと考えられた。
3月4日、第32大隊G中隊のマイク・バスチン大尉は、大隊長より情報収集を命じられた。
淀んだ空気を払拭するはっきりとした任務だ。
「本来ならうちの仕事では無いが、上から命令だしやるんだよ。バスチン大尉、G中隊のパトロールはちょっと遠出をして貰うぞ。帰ったら代休だってやるからな」
そしてアンゴラを東西に横断するベンゲラ鉄道の終着駅、ルアウでセールス・スカウトの営業マンと遭遇した。
ルアウから少し行くとそこはザイールだ。国境の街と言う事で物流も大きい。中にはコンゴの内戦で余った武器や傭兵と言った物まである。情報収集には最適な場所と言えた。
停車したキャスパー装甲車の車列を怖々と眺める者も居れば、無関心な者も居る。
「何から始めるかな」バスチン大尉は車外に出て煙草を吸っていた。
視線を感じて探すと、この辺りでは珍しいパリッとした背広を来た白人男性が近付いてきた。バスチン大尉は爆弾テロな訳も無いか、と話を聞く事にした。
「どうもお勤めご苦労様です。私、こう言う者です」
そう言う男が差し出した名刺にはセールス・スカウトと言う社名とサソリの社章が大きく印刷されていた。
(蠍……特殊部隊関係者か?)
その予想は違わず、セールス・スカウト(Sales Scout)はローデシアのセルース・スカウツ(Selous Scouts)の流れを組む人材派遣会社である。セールス・スカウトはボツワナの首都ハボローネで登記されているが、実際にはザイールのコルウェジを拠点にしていた。戦闘経験、指揮経験を持つ軍人、兵士を探しだし、公的機関に斡旋するのが業務内様である。
男はボコ・ハラムを名乗るが明らかに偽名だった。
「それでミスター・ボコ。私に何の用ですか」
「はい、大尉殿。宜しければ私共が、有名なバッファロー大隊のお役に立ちたいと思いまして」
セールス・スカウトには元セルース・スカウツ隊員が10名、元ローデシアSAS隊員が3名も所属している。
「その他に私共が教育した現地スタッフが2000名」
特殊部隊の選抜コースを潜り抜けた2000名の兵士。恐るべき戦力だった。
ここは一つ、申し出を受けてみる事にした。
(必要な経費は大隊長に回せば良い。あの人の命令だしな)
要点だけ述べる事にした。
「数日前、我が軍の部隊がガンシップを装備した白人を含む部隊に襲撃を受けた。これの正体を調べている」
「ああ、Recceがやられたと言う件ですね」
情報が伝わるのは早い。ましてや悲劇ならなおさらの事だ。
「あれはロシア人ではありません」断言する様にボコは言った。
「と言うと?」バスチン大尉は眉をひそめて話の先を促す。
「大英帝国ですよ。かの国は謀略がお好きな様です」
大英帝国──それは七つの海を支配し世界を征服して来た史上最大の白人帝国!
南アフリカやローデシアの宗主国でもあったが、現地に住む白人の権利を無視し、民族自決の独立等と言う戯言を言い出した。それは共産主義のシンパが内閣に居た為だとバスチン大尉は信じている。
「つまりは、また裏切られた訳ですな」ボコの言葉に気付かされた。共産主義者のシンパは根深い。
漁夫の利を得るのはロシア人だ。
今は苦しいが、いつの日か必ずや共産主義の赤旗を倒し自由主義陣営が勝利する日が来る事を信じている。