幽霊忌譚
この世界に幽霊がいるのか、と問われれば、それに明確な答えを返す事は難しい。
何故か。その問いに答えるには、まず幽霊の明確な定義が必要だからだ。死者の霊魂、その場所に染みついた過去の残滓、或いは、その土地や建物の記憶。様々に言われるが、過去にその地に強い縁を持った人物(住んでいたとか、死んだとか)がその死後にも姿を現している、という証言自体はままある話だ。
しかしまあ、その内何割かがルナの仕業であることは疑いようがない。…実際俺は幽霊の様なものと化したルナのようなルナシーの様な存在を一人知っている。まあ、奴は幽霊というよりは悪霊というべきかもしれないが。そうでなくてもルナはルナシーでないものには基本的には見る事が出来ない。ルナがルナシー出ない存在にも見えるのは、何らかの実体を媒介にしている時か、目撃者がルナシーとしての因子を持っている時である。
ルナが見えなくともルナの引き起こす現象は見えたっておかしくはないのだから、幽霊の正体がルナであっても何ら不思議はない。ポルターガイストを起こすルナだっている。ルナそのものでなくとも、間接的にルナの仕業である可能性もある。例えば、ルナによって留められている死者の魂。ルナによって再現された過去の情景。サイコメトリ系や霊媒系の超能力者を思えば何となく想像がつくだろうか。
では、ルナと関わりのない幽霊がいるのかと言われれば、それはよくわからない。俺はこの世界の不思議なものはすべからくルナとルナから派生したものだと思っているが、創造神が俺たちの知らない法則をこの世界に組み込んでいて、俺たちがそれに気付いていないだけかもしれないとも思う。俺たちはこの世界の法則全てを知っているわけではない。寧ろ、全てを知ろうと思えばそれこそ神にでもならなければならないのではないだろうか。
ホラーものの怪物としては幽霊、吸血鬼、ゾンビが人の死に関わるものとして有名だ。つまり、死者の意識の残ったものと、不死者と、蘇った死者だ。
俺の知る範囲では、この内ゾンビだけはルナとして見た事がない。より正確には、一度死亡したがルナによって死体が起き上がり、腐りながら生きているものだ。単純にルナが死体に取り憑きその肉体を維持しながら動いているケースなら遭遇した事がある。死臭はして、顔色は悪かったが、あれはゾンビというよりはステーシー…いや、ステーシーもゾンビの一種ではあるのか。まあ、腐らせるのは衛生的にどうかと思うし、死者の復活を願うルナシーが相手が腐る事を望むというのは考えにくいので、当然と言えば当然か。
正直な所、狂うほどに死者の蘇りを願えばルナは死者を生者へ還すことも可能だ。欠片持ちなら確実だろう。ただ、何の代償もなく蘇りが果たされることはまずない。何故なら、大抵の人間は何の代償もなく死者が蘇ることが許されるとは信じられないからだ。ルナシーが信じられない奇跡をルナは引き起こせない。
生き物が死ぬこと、死ねばそのまま生き返りはしない事はこの世界の基本的なルールだ。死後の世界、或いは輪廻転生というものはいまだにあるかどうかわからない仮定としての概念に過ぎない。けれど、死を否定するルナ自体は然程珍しい話ではない。それだけ死を恐れるものが多いという事だろう。
幽霊が死を否定した結果と捉えるものは少ないだろうが。復活させるにしたって、別に生前の肉体に拘る必要はないのだし。一般化のレベルには至っていないはずだが、サイボーグや生体の人工培養そのものは実用に耐えるものが開発されている。そちらで器を作るという手だってあるのだ。まあ、ツテがなければ難しい話ではあるのだが。
望んで幽霊になるものが存在しえないとは言わないが、いるとすれば余程の変人か狂人のどちらかだろうし、であればどちらでもそう変わらないだろう。ポルターガイストのように物質干渉を起こせるとしても、己の肉体・感覚を失う事を望むものがまともな感性を持っているとは思えない。それこそ、生きながらに死んでいるようなやつだろう。そのような奴が現世に執着を持つというのも考えにくい話だが。
或いは、透明人間になりたがるやつと同系統だろうか。だとすれば余程精神的に追い詰められていそうだ。幽霊は特定の土地やものに縛られているか、逆に何処にも留まれずに放浪するかの二択になる。どちらも良いものではあるまい。
奇妙な話ではなく忌むべき話なので間違ってない