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ホワイトデー記念に。
放課後の生徒会室。
大きく開け放たれた窓からは、さらさらと風が舞い込んでくる。
天気予報によれば、ここ最近続いた北風は止んで、今日は南風が春の暖かさを運んでくると言っていた。
あたしの髪を撫でる風は確かに温かく、心地良い。
見下ろせるグランドからは、運動部の掛け声が聞こえる。
夕焼けの黄昏色が黄色いカーテンを橙色へと変化させ、リノリウム張りの床を照らしていた。
そんな中、あたしと彼が二人きり。
シチュエーション的にはとってもオイシイはずなんだけど…。
「ねぇ」
「…」
肩越しに彼に声を掛けても、返ってくるのは沈黙。
溜め息を吐きそうになりながら、もう一度声を掛けてみる。
「ねぇ」
「……」
「ねぇ、ってば!」
「うるせぇ!」
「退屈なんだけど」
「だから何だ」
一緒にいるダーリンは顔も上げず、黙々と机の上の書類と睨めっこ。
カワイイ彼女が退屈だと言っているのに、だから何だときたもんだ。
話し掛けても沈黙代わりに返ってくる言葉はそんなつれないモノばかり。
最近一緒にいても、忙しいと言って全然構ってくれない。
木曜日のデートもドタキャン。
金曜日は部活が遅くまであるとかで会えなかったし。
週末は学校主催の卒業パーティがあったけど、会場に着いたら彼は彼で生徒会の仕事で忙しく、相手もしてくれなかった。
ささやかな抗議として睨んでも、こっちを向いてくれやしない。
…あたし、何でこんなヤツ好きになったんだろう。
はぁ…。
さっきまで飲み込んでいた溜息が吐いて出る。
いっそのこと浮気してやるって脅してみる?
それとも別れてやるとかの方がいい?
と言っても、どちらにしろ鼻で笑われそう。
今日だって、新しいルージュ、おろしてきたのにな…。
隣の席に座る遥斗くんはすぐ気づいたのに!
何で彼氏が気づかないのよ!!!
……はぁ。
また、溜め息。
怒る気力も沸かない。
再びぼんやりと窓の外を眺める。
ああ、夕日が目に染みる…。
「おい」
「何?」
「ちょっと来い」
珍しく呼ばれたと思ったら、おもいっきり命令口調だし。
それでも反発するとうるさいので黙って従う。
あたしも大人になったもんだ。
窓から離れて彼に近寄ると、ぐいっと腕を掴まれた。
バランスを崩したあたしは、そのまま回転するように、座っている彼の膝の上に落ちる。
驚いて彼の目を覗き込むと、それが閉じ、唇に温かいものが触れた。
自然と口を開くと下唇が噛まれ、さわやかな刺激が舞い込む。
熱が離れた瞬間、息を吸い込むと、今度は口内にスッとした風が飛び込んだ。
「…ミントキャンディ?」
口の中で感じる刺激を舌で味わう。
「それ食って待っとけ。それから、溜め息をやめろ」
「溜め息をやめろって…。だって、そうさせているのはアンタじゃない。言っておくけど、溜め息の数だけ貸しがあるんだからね!」
怒ったように言うと、彼がニヤリと笑った。
「今日はホワイトデーだろ?後で利子つけて返してやるよ、たっぷりとな」
唇を舐める仕草を見て、ちょっと失敗したかなと反省する。
彼がそう言うなら、必ず実行するはずだから。
今夜のキスはミントの香りになりそう、だね。
本当はミント味って苦手なんだけど…。
――クセになったらどうしよう。
「それから、その色似合ってねーよ」
「え?」
「その口紅、似合ってねー」
「なっ…」
「だからもうつけてくんな」
…他の男に可愛いとか言われてんじゃねーよ。